68
自室に駆け込むなり、奏は三つ折りにして重ねてあった布団の山に突っ伏した。
両手でしっかり布団を掴んで、窒息するほど強く顔を押し付ける。
息づかいも嗚咽も、何もかも飲み込んで必死に込み上げて来る涙に耐えた。
独りだ。
あまりにも広大な暗闇の中に、たった取り残されたような孤独を感じて体が震える。
汗ばむほど蒸し暑いのに、全身が冷えて冷えて凍えそうだった。
これで本当に、独り。
無邪気な颯太の笑い声が耳に蘇る。涙を流しながら颯太を抱きしめた彼の両親の姿が頭をよぎる。瞼の裏で何度もリフレインするのは、壊れた家族が再生する瞬間だ。
──裏切り者。
思いついた言葉に愕然として、奏は自己嫌悪に吐き気を覚えた。
違う。
布団に埋もれた頭を振って必死に否定する。
颯太の幸せを願ったのは自分自身だ。自分とよく似た孤独を抱える颯太が可哀想で、彼を悲しみから救って欲しくて、自分が望んで理人に託した。だからこれは、ハッピーエンドなんだ。
それなのに、割り切れない思いが昏く奏の心を蝕んでいく。
寂しい。寂しい。心が引き裂かれるようだ。
体中に充満する閉塞感に苦しくなって、奏は布団から顔を離した。
引き攣れた息を吸い込むと、弾みで涙が一粒零れた。そこへ。
「奏、帰ってるの」
開け放したままになっていた襖の向こうから、母が顔を出した。
反射で振り返った奏の頬を転がるように涙が落ちる。
顔の輪郭から離れる一瞬、涙はふわりと形を変え、赤い花となって畳に転がった。
「あんた」
みるみるうちに顔を歪ませて、母が落ちたアネモネと奏を見比べる。
わななく唇は嫌悪に満ちていて、次の瞬間、母は手にしたハンドバッグを奏に向かって力いっぱい叩き付けた。
「やめなさいよ! 気持ち悪い子ね!」
吐き捨てると、引っぱたくような音を立てて襖を閉める。そのまま玄関を出て行く足音を聞きながら、奏はハンドバッグがぶつかったこめかみを撫でた。
ぴり、と痛むのは、きっと鞄の金具が皮膚を傷つけたせいだろう。
毒々しい雄しべを剥き出しにするアネモネを左手で握りつぶす。
こんなものが出て来る体だから、私はお母さんを不幸にする。
再び布団に頭を突っ込むと、奏は冷えていく体を両手で抱きしめた。
「……ごめんなさい」
この不幸は、私のせいだ。




