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まぼろし病と患者達  作者: 風島ゆう
雫のみ
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 諸々手配を整えると、時刻は昼を過ぎていた。

 教えられた道を歩いて颯太の家に辿り着くと、理人の父が先に立って戸を叩いた。


「ごめんください。お約束していた草音です」


 子どもを持つ九々重は、子が九々重の家に入るまでの間便宜上父方の旧姓を名乗る場合が多い。理人の両親も例に漏れず、この島では草音の名を通していた。


「はい」


 若い声が応えたかと思うと、内側から引き戸が開けられる。

 出てきた人物を目にして、理人は目を丸くした。

 グレーのTシャツに小さな白い水玉が無数にあしらわれた紺地の膝丈スカート。見慣れない私服姿に身を包んだ相手は、理人の良く知る少女だった。


「蒼衣さん」


 驚きを隠せずにその名を口にすると、奏がちらりと視線を寄越した。


「何が始まるのか知らないけど、おじさんもおばさんもすごく警戒してる。妙な話を吹き込まれたら困るって、颯太は同席させないみたい」


 理人の両親に臆することなく、奏がはっきりと颯太の両親の不審感を伝える。

 妙な話を吹き込まれる、とはずいぶんな言われようだがしかたない。

 まぼろし病はその存在自体があまりにも不可思議だ。病を語る識者がペテン師のように言われるのは今に始まったことではなかった。


「私は呼ばれて来たの。颯太が、自分の代わりに私が話を聞くなら大人しくしてるって言ったらしくて……だから」


 奏の瞳が、まっすぐに理人を捉える。様々な思いに阻まれるように、しばし理人を見つめたまま口を噤んでいたが、やがてふと、泣き出しそうな表情で訴えた。


「颯太を助けて」


 反射で頷く。

 大丈夫。今度は間違えない。そのために、理人は自尊心を捨てて父に頼ったのだ。

 子どもたちを眺めていた父が、空気のように柔らかい声で奏に尋ねた。


「上がってもいいですか」


 奏がはっと父を見上げると、「どうぞ」と一同を中へ招き入れる。

 玄関を上がり案内されるまま廊下を歩いていると、母が一番後ろを歩いていた理人に囁いた。


「かわいい子ね」


「え?」


 いきなり何を言い出すのか。意図が分からなくて聞き返すと、そっと笑って母が更に言った。


「あなたが傍観者ではなく、干渉者としての識者の道を選んだのは、あの子の影響でしょう」


 確信を持った母の声に、思わず足を止める。理人に合わせてその場に立ち止まった母が懐かしそうに瞳を細めて言い添えた。


「あなたのお父さんもそうだったから分かるの。あの人の方がずいぶん無茶苦茶だったけどね。誰かのために生き方を選択してしまうなんて、親子だわ」


 生粋の九々重である両親は、小さい頃から互いの家と交流があったそうで幼馴染みのようなものだ。古い付き合いだからこそ知っている転機もあるのだろう。

 いたずらっぽい笑みを残して、母が再び廊下を歩き出す。

 その背中を追いながら、理人は一人、苦笑した。


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