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まぼろし病と患者達  作者: 風島ゆう
雫のみ
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 突然、ひやりと冷たい感触がして、理人は身を竦ませた。

 奏の指が触れたのだと、理解するのに一瞬かかった。


 そうっと指の腹でなぞるように奏が火傷の痕を辿っている。

 こんなに蒸し暑いのに、彼女の体温はずいぶん低い。


 最初の衝撃が過ぎ去ると、後はただ心地よくて、理人はしばらくされるがままになっていた。

 右腕の方まで丹念に傷痕を確認してから、奏がほう、と息をついた。


「綺麗だね」


 聞いたことのない感想に耳を疑う。

 口にすべき言葉を見つけられずにいると、続けて奏が呟いた。


「翼みたい。遠くまで飛んで行けそう」


 羨望にも似た声を聞いて、理人は思わず背中の奏を振り向いた。

 理人の肩口辺りを見つめていた奏が視線を上げる。

 黒めがちの瞳に浮かぶのは、憐れみでも、慰めでもなく、澄んだ色の憧憬だった。


「片翼じゃ飛べないよ」


 戸惑いのまま自分でもよく分からない言葉を口にすると、奏が一瞬目を丸くして、それから小さく吹き出した。


「そっかぁ。確かに」


 砕けた調子で笑う奏に思わず見蕩れる。

 クラスメイトと笑い合うにこやかな笑みとは違って、子どもっぽい表情が新鮮だった。


 動揺に鈍る思考を立て直そうと、理人は無理矢理奏から視線を引き剥がすと、脱いだシャツを頭から被って身につけた。

 制服を整える理人に向かって、奏が小さく「ありがとう」と呟く。


「前に偶然目にしてから、翼みたいだなってずっと気になってたの。でもこんなこと、みんながいる前では頼めないし、嫌がられるかもしれないし。そもそもちゃんと話したこともなかったから、なかなか言えなくて」


「確かにいきなり『脱いでください』は変態っぽいよね」


 意地悪く言い換えるだけの余裕を取り戻してから、理人はようやく奏に目をやった。

 向かい合った奏が「そんな言い方してないもん」とむくれている。

 その幼い仕草がおかしくて、それからやっぱり優しくしたくなって、理人は目を細めた。


「僕の方こそ」


 素直な気持ちで、言い添える。


「この火傷、気に入っていたから、綺麗だねって言ってくれてありがとう」


 にっこり笑ってみせると、目をぱちくりさせた奏がみるみる顔を赤くして下を向いてしまった。自分が要求したことと述べた感想に、今更恥ずかしさが込み上げて来たらしい。

 そういう反応も初めて見たので、理人は興味深く奏を見つめた。

 どこか親密ささえ含んだ空気に便乗して、理人も一歩奏に踏み込んだ。


「僕も蒼衣さんに頼みたいことがある」


 え、と顔を上げた奏が、尋ねるような視線を寄越す。


「君の友人の、颯太くんについて聞かせてほしいんだ。もしかして彼は、人に説明できない不思議な体質のせいで困っているんじゃない?」


 奏の空気がぴしりと固まる。

 高速で防御の壁を打ち立てようとする奏に向かって、理人は急いで言葉をねじ込んだ。


「それは病気だ。日本人にしか罹らない、とても珍しい病なんだ。僕も似たような病を患ったことがあるから、分かる」


 理人も同じ、と耳にして、奏の表情が警戒から戸惑いに変わる。

 浅く深呼吸すると、理人はこの国に存在するお伽話のような病について語り始めた。


 日本にだけ存在するまぼろし病。その中の様々な症状。対処法。集結した知識を共有する識者の存在。九々重の歴史、そしてその血脈にいる自分のことも包み隠さず全て開示する。


「僕が罹ったのは、竜の禊病というまぼろし病だ」


 その鱗は天上のもののように美しく、その進行は神の御技のように素早い。

 あまりにも死に近い病ゆえ、古くから「神さまがその魂を愛して傍に召し上げようとする病」「神さまに愛された病」と言い換える言葉があるほどだ。


「僕の背中を焼いたのは、母だよ」


 打ち明けると、奏の瞳が驚愕に見開かれた。


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