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まぼろし病と患者達  作者: 風島ゆう
雫のみ
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 奏と出会った頃のことを思い出すたび、理人の脳裏には風に混じる潮の香りが蘇る。


 絶えず海風が吹き付ける島の大地。

 どの教室から海を望むことができた高台の中学。


 じんわりと汗ばむ夏の蒸し暑さも、豪雨になると唸りを上げる夜の海も、天が落ちて来るような星空も、たった今その場にいるかのようにまざまざと思い返すことができる。


 あの頃の記憶は、理人にとって原点とも言える、かけがえのないものだ。


 奏はどうだろうか、と理人は思う。

 あの頃のことを……あの日の決断を。どんな思い出として記憶の中にしまっているのだろう。


 尋ねてみたい気もするが、彼女にとってそれが後悔とともにあったらと少し不安で、結局今日まで試みたことはない。


「わぁ」


 切り通しを抜けると目の前に海が広がって、隣を歩いていた奏の瞳が輝いた。


「海だ!」


 感動に突き飛ばされるようにして、奏が駆け出す。

 みるみる遠ざかる白いセーラーのシャツが、夏の光を反射して眩しく光った。


 山道から車道に合流しても、走る車もないほど閑静な午後である。

 どんなに走っても海岸には辿り着けないほど遠いのに、緩く下る坂道は先の景色が見えなくて、まるでそのまま海に飛び込んでしまえそうなロケーションだ。


「理人!」


 息を切らせて立ち止まった奏が、、開放感に溢れた笑みで振り返る。

 つられて笑って理人は思った。


 あんな風に笑えるなら、奏があの頃をどんな思い出にしていても構わない。


 我が侭一つ言わなかった、涙一つ流さなかったあの奏が、泣いたり、怒ったり、心の底から喜んだりする。子どもみたいに無邪気な無茶をやってのけては人を焦らせるし、時々、胸が締め付けられるような横顔を見せられもするが、そうやって生きているなら、それでいい。


 空と海が溶け合うような背景の中で、奏が続けて何か叫ぼうと大きく息を吸い込んだ。


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