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まぼろし病と患者達  作者: 風島ゆう
どんぐり病
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「それでは、僕らはそろそろ失礼します」


 理人が立ち上がると、追って奏も腰を上げた。奏の膝の上に散らばっていた花が、ころころと転がり落ちる。その花をつかまえようと、理人が足下にしゃがみ込んだ。


「それにしても、理人くんが花言葉に詳しいとは知らなかったわね」


 なかば感嘆して、なかばからかうように累が言うと、落ちた花を拾いながら理人が笑った。


「以前、花には意味があると僕に教えてくれた人がいたんです」


 それまでは気にもとめなかった、と理人が続ける。

 ひとしきり花を拾い上げると、手の中に入れて、理人がようやく立ち上がった。傍らで佇む奏は、そんな理人をじっと見つめていた。


「お元気で」


 にこりと笑って、理人が累に会釈する。

 それきり背中を向けて歩き出した理人を追いかけようとして──奏がふいに立ち止まった。

 何事か意を決した様子でこちらを振り返ると、足早に累に歩み寄る。

 そうして背伸びをして、累の耳に囁いたのだ。


「村主さんはもう、人生を繰り返さないよ」


 え、と見下ろした少女は、澄んだ瞳で累を見上げていた。


「どんぐり病の対処法は、元の時間を心の底から懐かしんで、惜しむことです。童謡にもあるでしょう」


 ──おやまがこいしいと、ないてはどじょうをこまらせた。


 諳んじた奏が口元に笑みを引く。


「きっとこの童謡を作詞をした人も、どんぐり病だったのかもしれないね」


 それだけ言い残して、走り去る。

 少し離れた場所で苦笑しながら奏を待つ理人に追いついて、肩を並べた。


「もう、戻らない……」


 告げられた内容を噛み締めて、累は眉を下げた。


「それは困ったわねー」


 どうせ戻るから、とずいぶん好き勝手した今回の人生を思って苦い笑みを浮かべる。


 今の会社に入るまでは宵越しの金は持たない、と言わんばかりにバイトした金で遊び惚けたし、大学受験も覚えてしまった解答を記憶の中から書き写せばいいからと何度か入った大学を安易に選んだし。


 それに、あの夏の翌日。有のいない教室で、累は女王を返り討ちにしていた。


 その卑怯さも、根底にある弱さも、グループの脆弱さも全て、クラスメイトの前で暴露してやり込めた。長い人生のリーチを持つ累に舌鋒で相手が叶うはずもなく、完膚なきまでに言い負かして彼女達の権威を根こそぎ奪ってしまったのだ。


 それから半年、彼女達が累を構うことはなかった。長年思い煩っていた重荷はこうも簡単に下ろせたのかと、なんだか肩すかしを食らったほどだ。


「対処法は無いなんて言って」


 理人が累にそう言ったのは、きっとこの方法を先に知ってしまうと本当の意味で昔を懐かしむことができなくなってしまうからだ。


 過去のしがらみを打ち明けたのは、今回が初めてだった。これまで出会ってきた理人は、累の内にある問題を感じながらもその原因を掴めず、あえて対処法を伏せたと考えられた。


「子どもが(はかりごと)なんて小賢しいったら」


 遠ざかる二人分の背中を見つめながら、苦笑する。

 ざあ、とひと際大きく桜が吹雪いて、累の目から子どもたちの姿を隠してしまった。


 ──さて、明日からどうしよう。もし本当に時間を戻らずに明日を迎えたら……その時は有を探してみようか。たった一度きりの、人生の尊厳を大切に踏みしめて。



                          <村主累/ドングリ病 経過未確認>


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