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さあ、と風が吹いて、また桜の花を運んでいった。
「十五の夏。私は大きな間違いを犯したの」
そのことを口にするのは始めてだ。
問われてもいない過去について話す気になったのは、桜吹雪と一緒に通り抜けた春の匂いに、初夏の気配を感じ取ったからかもしれない。
「なんであんなことをしてしまったんだろうって、今でも思うわ。後悔してもしきれない。もしあの日の前に戻れるなら、絶対に違う選択をするのに」
だけど取り戻せるのはいつも、あの日の翌日だ。間違いはすでに起こってしまっていて、累は学校の下駄箱の前で、何度もその罪の重さに立ち尽くすのだ。
「あの頃、私にはとても大切な友人がいたの」
来更有。最初の人生以来、一度も再会したことのない彼女の名前を、累は今でもはっきりと覚えている。
言われるままにひたすら暗記した数式。溢れんばかりの人名、地名、異国の言葉。それから、自国のものとは思えぬ文法。詰め込む知識と、「受験」という名の焦燥感に窒息しそうな毎日の中で、学生達は誰もが必死に生きていた。
自分の足に合わない靴を履いて、自分の歩幅に合わない速度で走ることを要求されて、それでも「みんな同じ」だからと納得したくて、似た者同士で寄り集まる。
累も、気の合うものどうし六人程度が集まったグループに身を寄せていた。
目立ちすぎることもなく、かといって嘲笑されるわけでもなく、可もなく不可もない地位にある小さなコミュニティ。
朴訥としたグループの気取らなさが好きで、有ともそこで出会った。しかし、
──仲良しグループとはつまり、ヒエラルキーの掃き溜めだ。
累がそのことに気がついたのは、最初の一人がグループから弾かれた時だった。
クラスをカーストに例える表現があるが、その大きな階層の中、同族どうしで集まったはずのグループの中にも、ヒエラルキーは存在した。
初めは良かったのだ。手探りのうちは誰もが平等で、そこには気遣いすらあったと思う。
それが、互いの力量が見極められ徐々に力関係が見え始めると、様子が変わった。
女王が現れたのだ。
気まぐれで奔放で、我が侭の加減が上手い。同列に並んだ六人の中でほんの少しのカリスマ性を持った彼女は、いつの間にかグループの頂点に君臨していた。
グループの舵取りをする女王は気まぐれだった。いや、後から考えれば、計算高かったのだと思う。彼女は常に誰か一人を生け贄にして、これを攻撃することでグループ内の結束を強めようとしたのだ。
昨日まで親しくしていた仲間を、今日気に入らないからと突然はじき出す。理由は何でも良かった。小さな嘘をついたとか、ささいな持ち物を真似したとか。誰に媚を売ったとか、一人だけ出し抜いて良い点を取ったとか。果てはリップに色のついたものを持っていたことがあげつらわれたこともある。
女王はターゲットをはじき出せ、とは言わない。口をきくな、とも言わない。ただ一言、「気に入らない」と呟くだけだ。あとは察しの良い取り巻きがあからさまな態度に出て、他の者の追従を促した。
怖かったのだ。女王に気に入られなければ、次は自分がやり玉に上げられるかもしれない。
巧みだったのは、追放された者がほどなくして許されるところだった。
取り返しのつかないほどの憎しみが生まれる前に、はじき出した者を再びグループグループの中に引き入れ、別の者を生け贄にする。そうして少女達は、常に危機に晒されながらもグループにしがみつく意味を信じ、ひたすらに女王に忠誠を誓うのだ。
この仕組みを理解した時、累は人一倍怯えた。
学生時代の少女にとって、グループから弾かれることほど堪えることはない。それは死活問題だ。受験のストレスと、膨張する日常の緊張感に精神が耐えられなくなったのだろう。累はある日、唐突に吐いた。
幸い外体育の時間で、気遣った教師がすぐさま後を始末してくれたので大事にならずにすんだ。それでも有が付き添ってくれて保健室に向かう途中、累はみっともなく泣きじゃくった。
大人しい性格の有は、少しぼんやりしたところがあるけど笑顔が魅力的な女の子だった。
ゆっくりと話す口調も、ちょっと考えるような間を挟むところもこの時の累を安心させて、だから何もかもをぶちまけられたのだと思う。
──どこに行っても何をしても、皆が私を突き落とすための隙を伺っているような気がする。受験も、学校も怖い。怖くてしかたない。
累の不安を最後まで聞き届けた有は、累ちゃん、と言って肩にそっと手を置いてくれた。
──累ちゃん、約束する。私は絶対に裏切らない。みんなが累ちゃんをいじめたら、私も一緒にいじめられる。
だから累ちゃんは絶対に一人にはならないよ、と有は笑った。
二人にはなるかもしれないけど、と言い添えて。
その言葉が、どれだけ累の心を救ったか分からない。あの時期、累の心が壊れなかったのは、有との絆を感じられていたからだ。でも。




