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まぼろし病と患者達  作者: 風島ゆう
どんぐり病
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「幻書館?」


 その名称は始めて聞く。

 説明を求めると、特に秘密でもないのか、理人があっさりと答えをくれた。


「幻書館とは、まぼろし病に関わる論文やデータが集められている資料図書館のような物です」


 理人の話によれば、まぼろし病の情報は、全て幻書館が管理、収集しているらしい。

 全国に散らばる識者達のもたらす情報も、研究論文も、まずはこの書館宛に送られて来るのだそうだ。


 幻書館では情報の精査が行われ、『確かなるもの』、『疑わしきもの』、『伝わるもの』に分けてネット上にデータを保存する作業を行っているという。


「ね、ネット?」


 ずいぶんと俗っぽい方法で情報を保管しているのだな、と思っていると、理人が笑った。


「まぼろし病の歴史は古いですが、識者達の文化まで古いわけじゃないですよ」


 昔は書物で情報を管理していたそうだが、今では全国に散らばる識者達がより早く簡単に情報を得られるよう、データ化した情報は所定のサイトで公開されているという。

 秘密にするものでもないし、そもそも多くの人間はそれを信じないから問題ないそうだ。


「それに何も知らない患者が巡り巡って情報に辿り着くこともあるし、サイトをツールにして外野になる人もいるんです。まぼろし病かもしれない症例の噂も拾いやすい。便利ですよ」


 ただ、論文だけはデータの破損や改ざんを避けるために未だに手書きの紙媒体で送付しなくてはならなくて、これがとても面倒なのだ、と理人が眉を下げた。


「幻書館で検証された論文がデータ化されて、サイトに反映されるまでにはどうしてもタイムラグが生じます。識者にもよるでしょうが、僕はできるだけ最新の情報を頭に入れておきたいので、季節に一度は幻書館に籠って直接論文に目を通すようにしています」


「へえええ……」


 引き気味に相づちを打って、累は思った。


 九々重だとか識者だとかはとんでもないオタクの集団なんだ。そうでなければそこまで意欲的に学ぼうとする意味が分からない。


 受験勉強ですら嫌厭していた累からすれば、全く共感できない変態の境地であった。


「それで、その幻書館には識者でない奏ちゃんは入れないってわけね」


「正確には、幻書館の中枢を担う地下書館に立ち入れないだけですが」


 累の問いに応じて、理人が解説を加える。


「この古都は九々重発祥の地ですから、昔から識者が誰でも情報に触れられるよう、関連書物を一つの場所に保管する手だてが取られていました。最初は蔵のようなものだったのでしょうが、やがてそこそこ広大な土地を割くようになった。時代が流れて大戦を迎えると、施設の破壊を恐れた九々重は私財を投げ打ってこれを地下に隠したんです。そうして戦後、平和になった時代を見計らって地上に目くらましを兼ねた図書館をこしらえた。当然この図書館には誰でも出入りできますが、その頃から問題の地下書館は立ち入りが制限されるようになったんです」


 これは大戦前後に目立った、書物の炭塗りや焚書を恐れた時代の名残だろうと理人は語った。


 歴史に刻まれた九々重達の腐心を知って、累は思いがけず感じ入ってしまった。

 次代へ、次代へと知識を繋ごうとする識者達の努力は、時の中に閉じ込められてしまった累からしたら、酷く尊いもののように思えた。


 ふ、と苦い笑みを浮かべて、理人が話を元に戻す。


「奏には僕が戻るまで地上図書館で待っているよう言っておいたのですが。飽きてしまったのか、この通り糸の切れた凧です」


「携帯くらい持たせなさいよ」


 累の提案に、理人がびっくりしたような顔をした。


「ああ……そうか。そうですね。いつも一緒にいるから考えもしなかった。僕が持っていれば用が足りると思っていたけど……そうか」


 納得した理人が、それでもどこか遠くを見るような眼差しで小道の向こうを眺める。

 まるで子離れしていく子どもを寂しがるようなその顔に、累はふと閃いた。


 もしかしたら彼は、奏が隠したがっている外野への夢に気がついているのかもしれない。


 ネットに繋がる媒体を与えることは、外野になりたがっている奏に知識をつけさせることと同義だ。理人が奏に携帯を持たせることを思いつかなかったのは、思いつくことを避けていたからかもしれなかった。


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