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まぼろし病と患者達  作者: 風島ゆう
どんぐり病
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 桜吹雪の中、こちらに向かってやって来た少年の顔を確認すると、累はやれやれと膝についていた頬杖を外した。


「だから言ったのよねぇ。理人君は来るって」


 累の呟きの中に自分の名前を聞き取った様子で、少年……理人がベンチの前で立ち止まった。

 いや、気のせいでなければ理人は、累が声を発する前に何かを探すような仕草でこちらに目を留めたようにも見えた。


「どこかでお会いしましたか」


 声変わりの途中のような、不安定な声が累に尋ねる。


 真っ黒な猫っ毛に、真っ黒な瞳。前髪は眉にかかるほど長く、細面の顔はどちらかといえば整った顔立ちなのだろうが、はっきりとした眉がやや全体のバランスを欠いているようにも見える。

 カッターシャツに青みがかったグレーのニットとジーンズを合わせたスタイルで、制服を着るのが趣味らしい奏に反して、こちらは毎度私服姿だ。


 大人には少し足りない、柔さを含んだその顔に懐かしさを隠しきれず、累は頬を緩めた。


「そうね。割とどこでも会ってるわね。この土地から離れても毎度必ずあなた達に出会ったし、九々重が移動し続ける識者だとしても、これってすごい確率よね」


 累の言葉をじっと聞いていた理人が、ああ、と頷く。


「どんぐり病の人ですね」


「話が早いわねー」


 さすがというか何というか。奏よりもずっと早く、ずっと僅かな情報で診断を下した理人に、累は感心した。にっこり笑って、理人が言う。


「九々重を知っているということは、まぼろし病に関わる人です。あなたが『毎度』と口にしたので、僕達は何度も出会っているのでしょう。だけど僕の方に記憶はない。出会っているはずのない僕に何度も出会っている。だとすれば、人生を何度も繰り返すという、どんぐり病に罹った人かな、と。そう思っただけです」


 何でもないことのように説明すると、理人が累の隣に腰を下ろした。

 落ち着いたその仕草に、累は思わず声を上げた。


「いいの?」


「え?」


 累の問いに、理人が首を傾ける。

 漆黒の瞳はまだ若く、翳りのない光を宿していた。


「奏ちゃんはあなたを探しに行ったわよ」


 連れの少女のこととなると、理人はいつも、やや神経質なくらいその動向を気にする。

 離ればなれの状態にも関わらず、こんな所で腰を落ち着かせるなんて、ちょっと意外だった。


「ああ、なるほど」


 累の疑問に対して、理人が「そんなことか」と口角を上げた。


「どんぐり病の人が、『毎度必ずあなた達に会う』と言ったんですよ。一人一人に会う、でも、どちらかに会う、でもなく『あなた達に』ということは、いつも二人同時に顔を合わせているということだ。奏とはすれ違ってしまったようですが、やがて戻って来るんでしょう」


「はー」


 嫌味なくらい頭が切れる。

 半ば呆れつつも、「一応引き止めたのよ」と付け加えると、理人が肩をすくめて苦笑した。


「あの人が何かするのを止めるのは無理ですよ。こうと決めたら絶対に曲げないんだから」


 大体思いついた先からもう動いているのだから止める暇もない、と理人が苦労を愚痴る。


「今日だって、ここで待っていてね、と約束した場所があったのに、用が済んで行ってみたら案の定いない。始めて来る場所ではないけど慣れた場所でもないから、迷子になっては困ると探していた所です。戻って来るあてがあるなら下手に動き回らない方がお互いのためだ」


「何だって別行動なんかしたのよ」


 そこまで予測できたなら一緒に動けばよかったのに。そう言うと、理人は首を振って累の言葉を退けた。


「それは無理です。だって(げん)書館(しょかん)には、識者以外の立ち入りは許されていないんだから」


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