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まぼろし病と患者達  作者: 風島ゆう
どんぐり病
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「大当たり」


 大きく頷いて、累は奏の見立てを肯定した。


 どんぐり病を一言で説明するなら、「人生を繰り返す病」だ。

 坂道を転がるどんぐりのようにころころ転がって止まらない人生を揶揄したとも、どん(強調)繰り(繰り返す)が語源だとも言われるそうだが、要するに人生を何度もやり直さなければならない業を背負った病なのだと累は理解していた。


 罹患した者はただ一人、時の中に閉じ込められて人生を無限に繰り返す。

 一体いつ、どんなきっかけで人生が巻き戻ってしまうのかは分からない。


 積み上げた時間はいつもまちまちで、今よりもっと歳を取った老女になってから人生をやり直したこともあるし、そうかと思うと二、三年で時を戻ったこともある。ただし、戻る時代はいつも決まっていた。


 十五歳の夏。一番嫌いな、あの日に戻る。


「それにしても、今回は八年かぁ。割と早い店じまいだわね」


 ほう、とため息をついて言うと、奏が問うような視線を累に向けた。

 どんぐり病と知ってここまでの累の既知に対する謎が解けたせいか、奏の目にはもう、恐れの色は無い。


 桜の花びらが古都を舞う。

 奏を誘って、道の脇に等間隔で設置されているベンチに腰掛けると、累は口を開いた。


「時間を遡る時にはね、いつも決まってあなた達に会うのよ。私がいくつで、その時代がいつでも、不思議とあなた達の姿は変わらない。中学生だか高校生だか分からないくらいの年頃で、ある日突然私の目の前に現れる。それからすぐに、長くても一日後には、私はそこまでの人生から離脱して、約束された元の時間に戻るの。だからきっと明日になる頃には、私はまた、十五歳のあの日に戻っているんだわ」


 それは無慈悲な予定調和、残酷な希望だった。


 終わりのない無限の人生の中では、何にでもなれたしどんな人生を歩むこともできた。

 しかしどんなにうまく人生を歩んでも、あるいはどんなに廃れて生きても、それで生を終えることはできなかった。居心地の良い人生も、そうでない人生も、平等に巻き戻って新しく作り直さねばならないのだ。


 口に出さなかった徒労感を敏感に察知して、奏が複雑そうな顔をした。


「対処法は……」


「無いって聞いたわ」


 あれは何度目の人生の時だったか。

 まぼろし病について少しずつ理解を深めた累は、自分の病にも対処法はないのかと理人に詰め寄ったことがある。

 しかし、寄越された答えは、累の望むものではなかった。


「時間の中を流動するどんぐり病の患者は、識者が追うことのできない存在だから、有効な対処法が確認されたことはないって」


 あの時の絶望感はきっと、死亡宣告に似ている。


 死ぬよ、と言われることと、無限に繰り返すよ、と言われることは、正反対のもののようで同じ恐怖を孕んでいるのだ。

 暴力的なまでの、理不尽さを。


「いっそ自死してみようかと思ったこともあるけど、それはなんだか狡いような気がして、できなかったのよねぇ」


 自ら死を選ぶことを逃げだと思ったのは、この病が自分に与えられた罰のような気がしているからだ。

 晴れ渡る空を見上げた累の隣で、奏の視線が地面に落ちた。


「対処法が、ない……」


 奏の声がぽつりと呟く。

 何事か考え込むような間を置いたかと思うと、突然、がば、と立ち上がった。


「理人を呼んできます」


「え?」


 唐突な奏の動きに驚いて、累は目を白黒させた。


「ちょっと待って。焦らなくても、理人君ならきっともうすぐここに来るわよ」


 今までの人生で、二人の子どもが揃わなかったことはない。

 大抵は二人一緒に現れたし、どちらかが先に現れても、どちらかが追って合流した。だから奏に出会った今、理人がここに辿り着くのは時間の問題だと思われた。

 累の説得に、しかし奏は首を縦には振らなかった。


「それは私の知らない、私たちの話です。今回も同じとは限らない」


 それに、と奏が自分の来た道を眺めやる。


「私は外野でも、ましてや九々重でもありません。まぼろし病の患者について、何かを判断するなんて、分を超える」


「いやちょっと、何言ってるか分かんない……」


 分からないので引き止める言葉を探せない。

 自分で言って自分で納得した奏に狼狽えているうちに、彼女はさっさと身を翻して小道を来た方へと戻って行ってしまった。


「ええええ……」


 置いて行かれる展開は始めてだ。


「どーすりゃいいのよ、私は」


 唖然とする累の頭上に、ひらひらと桜の花びらが落ちる。

 ふと腕時計に目をやると、昼休みはとうに過ぎていた。

 慌てて立ち上がりかけて、そうだどうせ明日にはこの世界にいないのだと気づいて座り直す。


 こうなったら、気長に待とう。


 重ね上げた人生の中で、累の特異な環境に理解を示したのは、あの二人だけだった。

 最初の混乱をなだめ、繰り返す虚無感を受け止め、やがて諦観の見地に辿り着くまで。何度も何度も出会っては累を励ました。


 累としてはじっくり旧交を温めたかったのだが、しかたない。


 やがて会社から所在を問う連絡が矢継ぎ早に入るに違いない携帯の電源を落とすと、累は広がる青空を見上げて苦笑した。


 ──願わくば時を遡ってしまうその前に、もう一度奏と、それから理人に会えますように。


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