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この国の人間にしか罹らないという奇病、まぼろし病。その患者であると早々に告白すると、奏はしばし呆気にとられた様子でその場に立ち尽くしていた。
「え……と、理人の知り合いですか」
ようやく発した奏の声は、困惑に満ちていた。自身の記憶の中に累を見つけられなかった様子で、伺うように累を見上げる。
まぼろし病を追う一族の一人、草音理人の顔を思い浮かべて累は懐かしさに笑みを浮かべた。
「理人君の、っていうか、あなた達二人の知り合いよ」
訂正すると、更に困惑を深めた奏が眉間に皺を寄せて悩み始める。
「以前にお会いしたことが……?」
「そうね。何度もお会いしてるわね」
「いつ頃ですか」
「一番最近では十年前でしょー。その前は更に七年前? その前はえーと、一、二、……もう忘れちゃったわ」
「からかわないで」
急に目つきを鋭くして、奏が累を牽制した。
「そんなに前なら、私も理人も産まれてません」
「そう?」
首を傾げて、累は笑った。
理人が傍にいないせいか、今日の奏は鋭利さを増しているようだ。警戒しているのだろう。
「そういえば、理人君はどうしたの」
足りない者の所在が気になって、累は奏に尋ねた。
立ち並ぶ桜並木が大量の花びらを、ざあ、と手放す。
雪のように舞い散る花びらの向こうで、奏の黒めがちの瞳が推し量るように累を見つめた。
「今は別行動の最中で」
言葉を濁した奏に微笑んで、累は頷いた。
「そうね。あの子は誰かさんが心配しているように、あなたを置いてきぼりになんてしないでしょうしね」
累の言葉に、奏の顔がさっと強ばる。やがて、震える声で累に尋ねた。
「どうして、それを」
何を、どこまで知っているの、と奏が怯えた様子で問う。
そうねえ、と少し考えてから、累は答えた。
「結構何でも知ってるわね。この世にまぼろし病が存在すること。それを追う九々重の名を持つ識者の集団がいること。その一族以外の識者は外野と呼ばれていること。それから奏ちゃん、あなたがその外野になりたがっているということ」
並べ立てると、奏が色を無くして絶句した。
奏からすれば、突然出会った初対面の相手が極プライベートな秘密を知っていたのだから、無理はない。しかし累の側では、何度も繰り返したやり取りに少々飽きが来ている。
「さて、それでは外野になりたい奏ちゃんに、ここで一つ問題です」
毎度同じパターンで説明するのも面倒だ。趣向を変えるべく、累は奏に向かって人差し指を立ててみせた。
「私のまぼろし病は、一体何でしょう」
一瞬、ぽかんとした目で累の人差し指を見つめた奏が、挑まれたのだと理解するなり目の色を変えた。
生来、我が強くて負けず嫌いなのだろう。加えて外野になりたがるくらいだからまぼろし病にも興味があるのだ。
累から視線を外した奏が、ここまで与えられた情報と自身の知識を脳内で検証し始める。
「毎度毎度すっかりおなじみ。何度もお会いしている」
ぶつぶつと呟く言葉は、よく聞くと累が口にしたものを正確になぞるものだった。
記憶力がいいせいか、奏は人の発した言葉を丸ごと全部覚える癖があるようだ。
「何度も……何度も……あ、そうか」
ひらめきと同時に、累に向けられた奏の顔がぱっと輝く。
「分かった。『どんぐり病』だ」




