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二人分の夕食を盆に乗せて縁側から奥の間に近づくと、何やら賑やかな声が聞こえた。
「あははは!」
「そんなに笑うことないじゃん!」
どうやら笑っているのは理人で、抗議しているのは奏のようだ。
膝をついて盆を廊下に下ろすと、ルイスは声をかけてから障子を開けた。
「楽しそうだね」
ルイスの声に、布団から半身を起こして腹を抱えていた理人と、機嫌を損ねた様子の奏が同時にこちらを向いた。
ロッカーから取ってきた手荷物から出したのか、理人はゆったりとした部屋着を着ていて、奏は何故か前日とは違うグレーのブレザーの制服を身につけている。
昨日理人の布団を彩っていたジャスミンは、いつの間にか跡形もなく無くなっていた。
盆を先に部屋に入れてから、立ち上がらずに部屋に入って障子を閉める。日本人の作法は無駄がなくて合理的だ。
むくれたままの奏が、ルイスに反論した。
「楽しくないです」
不服そうに理人に目をやる奏は昨日とはずいぶん印象が違って見える。
肩の力が抜け、あの張りつめたような気配が消えているのだ。
拗ねることができるほどには安心したのかなと思いながら、ルイスは理人に向かって尋ねた。
「どうしたの」
「たいしたことじゃないですよ」
すっかり顔色の良くなった理人が、目尻に溜まった涙を拭う。
左手が利き手のようだが、その原因は動かす度に微かに引き攣れる右腕にあるようだ。
「今回のように僕に何かあった時、奏が頼れる先を増やしておこうと思って、九々重に連なる家の名と訪ね方の作法を教えていたんですけど」
笑いを含んで、理人が一度言葉を切った。
ツボに入っているのか思い返すと笑いが込み上げてしまうようだ。
「落星、瑠上、波鳥、路河、の名前を……オチル、トリカワって……」
言うなり無言で布団に突っ伏した。肩を震わせているから、笑っているのだろう。
こちらもこんなに表情が豊かだったのかと、ルイスは意外な思いで理人を見つめた。
「落ちる鶏皮……! 鶏皮……! よりもよって……!」
「だからあ! ちょっと間違えただけでしょ!」
「なんにも合ってないし、トリカワ……九々重が、トリカワ」
「しつこい!」
ばし、と奏が枕で理人を殴る。衝撃を受けて、理人が静かになった。
「か、奏ちゃん、それは痛い。その枕そば殻詰まってるから。打撃するには重いから」
慌ててルイスが枕を取り上げると、理人がのっそりと顔を上げた。
「はー笑った」
後頭部をさすりながら起き上がった理人は、にこやかだがもう冷静な瞳に戻っている。
衝撃によって無理矢理切り替えができたようだ。
「良い匂いですね」
にっこりと笑って理人がルイスに水を向ける。
「そうだった。夕食にしよう」
本来の目的を思い出して、ルイスは盆を引き寄せると二人の前に置いた。
焼き魚とふろふき大根、煮物、根菜汁、白米の取り合わせに奏が目を輝かせる。
「おいしそう」
「理人くんも同じものを食べていいよ」
朝と昼は消化に良さそうなものを作り置いていたが、問題なく食べていたようなのでもう大丈夫だろう。
薬は処方した分を最後まで飲んでね、と念をおしてから席を立とうとすると、奏が不思議そうにルイスを見上げた。
「一緒に食べないんですか」
「え」
その選択肢はなかったので、思わず目を見開いた。
「……二人の方が落ち着いて食べられると思ったんだけど」
ルイスの気遣いを意にも介さず、奏が言う。
「一緒に食べようよ」
奏の隣で、理人の静かな瞳がゆっくりと彼女を捉えるのが見えた。
「人の気配がするのに一人で食べるなんて寂しいよ」
言い募る奏の言葉に、理人と目が合う。
なるほど。気遣われていたのはこちらの方らしい。
「そうだね。それじゃあお言葉に甘えてお邪魔しよう」
微笑んで頷くと、奏は安心したようにそっと笑った。




