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まぼろし病と患者達  作者: 風島ゆう
人魚姫症候群
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「ルイス君。もうすぐ午後の診療だよ」


 聞き慣れた穏やかな声は藤花の父──富士島医院長のものだ。

 裏口から顔を出してこちらに笑みを向ける院長に向かって頷くと、ルイスは院内に戻った。


 途中、急に思い立って、ルイスは富士島医院長に尋ねた。


「院長は、藤花さんに何があったのか知っているのですか」


 事情を知っていると思ったのは、もはや直感だ。

 いや、経験に従って導き出した推測と言うべきか。

 ルイスの問いにちょっと驚いたような顔をしてから、富士島医院長がこちらに向き直った。


「藤花に会ったんだね。いや、昨晩は少し驚かせてしまった」


「何があったんです」


 焦れる思いを抑えて質問を繰り返す。

 うん、と応じて、富士島医院長がわけを説明した。


「実は藤花に見合いの話が来てね。あれももう若くはないから、良い機会だと思ってお受けしたんだ。相手は医師だが開業医ではないから、結婚後はこちらの家に入っても良いと言うし、悪くない話だと思って」


 見合い? ざわり、と嫌な予感がして、ルイスは動揺のまま富士島医院長に問いかけた。


「藤花さんは……何て」


「うん。藤花も見合いをする事に同意したよ。話を聞くなり泣き出してしまったから心配したが、びっくりしただけだったようだ。まあ、嫌だったらそう言うだろう」


 ──そうじゃない。


 強く否定したい思いを飲み込んで、ルイスは押し黙った。

 藤花は断れなかったのだ。もとより、断る選択肢など彼女の中に存在しないのだ。


「うまく話がまとまれば、私もようやく肩の荷が降りるよ」


 明るく笑う富士島医院長は、きっと本心から藤花の幸福を願っている。

 だけどそれは実に残酷な親切心だ。なぜなら藤花は、この人に負い目があるのだから。


「兄夫婦が亡くなって藤花を引き取った時はどうなることかと思ったが、いい子に育ってくれた。あとは女性としての幸せを手に入れてくれれば、言う事はない」


 目を細めて養女の幸せを願う養父の姿を見下ろしながら、ルイスは胸が締め付けられるような息苦しさを覚えていた。


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