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瞬殺キャラ バトルロワイヤル ~数コマで退場した脇役100人が、主役転生権を奪い合う~  作者: 東の雲
バトルロワイヤル開始

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7/9

死亡フラグ男と「先に行け」の男

 俺の名前はトミー・ライアン。二十歳。

 戦争漫画『アイアン・フロント』に出てくる新兵だった。

 最後の一番の記憶は、出撃前夜の酒場だ。


 一コマ目。俺は戦友に言った。

「この戦いが終わったら、故郷の恋人のマリーと結婚するんだ」

 二コマ目。戦友のジョセフが「いい話じゃないか」と笑った。

 三コマ目。翌朝の戦場で、俺は敵の爆撃に巻き込まれた。瀕死の状態で、ジョセフにマリーへの婚約指輪を渡して、息を引き取った。


 天の声が脳裏に見せてくれた映像では、ジョセフも脇役だったらしいが、彼には名前があった。俺は「新兵A」だった。


 あの台詞を言って生き残った奴を、俺は見たことがない。でも、分かってほしい。あの状況になると、実際に言いたくなってしまうんだ。



 バトルロワイヤル五日目の夕方。

 俺は、渓谷にかかる吊り橋の前で、三十分ほど立ち尽くしていた。


 長さは百メートルほど。深い霧のせいで、向こう岸は見えない。板は古く、縄は軋み、足元は霧に覆われた谷底だ。幅は人ひとり分しかない。

 引き返す手もあったが、後ろの森には、昨日から凶暴な熊がいる。

 前世で瞬殺されたモブが、バトルロワイヤルで熊に襲われて脱落。情けなさすぎる。それだけは、どうしても避けたかった。


「トミー殿、そろそろ渡るであります」


 肩の上で、軍帽をかぶった白い鳩が言った。

 『突撃! ドタバタ第八中隊』の公式マスコット、伝書鳩のポッポ軍曹。全九巻。毎巻、戦場から故郷へ手紙を運んで読者を泣かせた……と、本人は言っている。

 軍曹。俺より階級が上だ。鳩なのに。


「高いな」

「高いであります」

「橋もボロすぎる。渡り切るまで、持つとは思えない」

「では、熊のいる森に戻るでありますか?」

「熊も怖い」

「自分も怖いであります」


 進むも地獄、戻るも地獄。

「新兵の宿命であります」

 この、なんの役にも立たない相槌が、俺は結構好きだった。


「ところでトミー殿。能力、まだ一回も使っていないであります。使えば熊にも勝てるかもしれません」

「使うのが怖いんだよ」

「確認するであります。トミー殿の能力は【帰ったら結婚するんだ】」

「何度聞いてもひどい名前だ」


「死亡フラグを口にすると、身体能力が上がる。『帰ったら結婚する』は最大級。『帰ったら一杯やろうぜ』は中級。『妻の手料理をご馳走するぜ』は最弱」

「妻の手料理は弱いのか?」

「世の妻たちには、内緒であります」


 ただし、強くなっている間は、あらゆる攻撃が急所に当たりやすくなる。強ければ強いほど、危ない。

 前世の死に方に見合った能力、らしい。つまり、少し強くなる代わりに、前世と同じ死に方へ少し近づく能力だ。


「熊の一撃を急所に食らったら、即脱落だろうが」

「確かにそうであります」


 俺は覚悟を決めて、橋に足を乗せた。


 ぎしっ。

 板が鳴った。ぎしっ、ぎしっ、ぎしっ。思っていた以上に揺れる。


 半分ほど渡ったところで、軍曹が低い声を出した。

「トミー殿、前方、人影であります。一名」


 深い霧の向こうから、道着に鉢巻の大男が、こちらへ歩いてくる。さっきから揺れが妙に大きかったのは、このせいか。向こう岸からも、人が渡ってきていたのだ。


 太い眉。四角い顎。丸太のような腕。いかにも「主人公の仲間の、頼れる兄貴分」という風貌だった。肩の上では、炎の塊のような生き物が「だぜ!」と叫んでいる。


「やばい、強そうだ」

「強そうであります」

「でも、後ろは熊だ」

「熊であります」


 橋のちょうど真ん中で、俺たちは足を止めた。


 男は、ごくりと喉を鳴らした。顔が引きつり、足が笑っている。

 ……あれ。もしかして、ビビってる?


「お、お先にどうぞ!」


 先に口を開いたのは、向こうだった。声は野太いのに、微かに震えている。


「え」


「橋が狭いからな! 譲り合いは大事だ! こんな狭くてボロい橋で、戦いなんてできるわけないからな!」


 確かにその通りだ。戦闘になったら、お互いの身よりも先に、橋が持たない。

 だけど、待てよ。そう思わせておいて、すれ違いざまに仕留める気じゃないのか。

 俺のポケットには、木を研いで作った小型の杭が何本かある。これをすれ違う時に首元に刺せば……。でも、死に際に暴れられたら、橋が……。


「いや、そちらこそ、お先にどうぞ」

「いやいや」

「いやいやいや」


 攻撃するべきか否か、答えは出ないまま、譲り合いは続いた。


「トミー殿。あちらも、きっと同じことを考えているであります」

 軍曹が、耳元で囁く。


「そうだろうな。だがな、軍曹。こういうのは、先に仕掛けた方が返り討ちに遭う」


 そうなのだ。新兵A。雑魚敵。チンピラ。モブが先に殴りかかり、主人公が一撃で返り討ちにする。それが、俺たちの業界の常識だ。俺たちほど、それを知っている人種はいない。


「鉄平! 先手必勝だぜ! 行けだぜ!」

 男の肩の炎が叫んだ。


「馬鹿言うな、ガッツ丸! 先に手を出した奴は死ぬんだ! それに、この橋で戦いなんかできるか!」


「だぜ!?」


 男は、俺に向き直って、胸を張った。


「俺は岩城鉄平! ゾンビ漫画『栃木アンデッド』の、仲間Bだった! 十八だ! 君は?」


「……トミー・ライアン、二十歳。新兵Aだ」


「Aか。Bの俺より、一つ格上だな。年も上だし」


「出番の数は、ほぼ同じだったと思うがな」


「そうか……」


 なんだか、妙に話しやすい。


 そのとき、強い風が吹いた。橋が、ぐらりと大きく揺れた。


「うわあああ!」

「おおおおお!」


 二人で縄にしがみつく。心臓が、口から出そうだ。鉄平の顔は、完全に青ざめていた。


「トミーさん、ここは一つ提案なんだが、お互い手は出さず、安全に渡り切ることを優先しないか?」


「……良い提案だ」


 この言葉に、嘘はないように感じた。


「あの、鉄平君。高い所が苦手なのに、どうしてこんな橋を?」


「あちらの岸で、虎に追われたからだ。霧で見えないだろうが、木の影にいる」


「虎だって!? こっちの岸には、凶暴な熊がいるぞ」


「なんだって!?」


「鉄平のバカっ! なんで教えるんだぜ! このまま行かせて虎の餌食にすれば、参加者を減らせたのに!」


「トミー殿も同じであります。熊の餌食にしてしまえば良かったのに、お互いバカ正直であります」


「うるさい! 空を浮ける君たち精霊に、今の俺たちの恐怖が分かるか!」


「そうだそうだ!今は駆け引きなんてする余裕はないのだ!」


 軍曹とガッツ丸が、やれやれという顔で、揃って首を振った。


「これだから瞬殺モブは……であります」

「だぜ」


 前方は虎、後方は熊。どちらも勝てる気がしない。

 いや、待てよ。


「鉄平君。この窮地を切り抜けるまで、協力しないか?」


「協力して、虎か熊を倒せるのか?」


「分からない。でも、お互いの能力を教え合えば、戦略が立てられる」


「鉄平! 誘いに乗るなだぜ! 能力を知られたら、不利になるんだぜ!」


「分かってる。でも、他にいい案があるのか、ガッツ丸?」


「そ、それは……」

 ガッツ丸は、黙った。


「いいだろう。ただし、まずは君からだ」


「俺の能力は、【帰ったら結婚するんだ】」


「は?」


「だから、【帰ったら結婚するんだ】だ」


「ふざけているのか!」


「冗談じゃない! 死亡フラグを口にすると一分間強くなる能力なんだ。ただ、強くなっている間は、攻撃を急所に食らいやすくなる」


 鉄平は、しばらく俺を見つめた。


「……強くなる代わりに、死にやすくなるのか」


「次は鉄平君の番だ」


「俺の能力は、【ここは俺に任せて先に行け】だ」


「ふざけた名前だな」


「君に言われたくない!」


 鉄平は、咳払いをして続けた。


「能力名を叫んだ後に、俺に任せて、先へ進んだ者が多いほど、俺の身体能力が上がる。そして、敵とみなした相手の注意を、俺に引きつけられる。ただし、仲間がいて初めて意味がある能力だ。一人では何の役にも立たない」


「それ、さっきの俺の能力の弱点を、全部潰せないか?」


「……潰せるな」


 俺たちは、顔を見合わせた。


 俺の弱点は、攻撃が急所に当たりやすいこと。ならば、敵の注意が鉄平に向いている間は、攻撃を食らう心配がない。鉄平の弱点は、仲間がいなければ強くなれないこと。ならば、俺が先に行くたびに、強くなれる。


「鉄平殿の弱点と、トミー殿の弱点が、ちょうど埋まるであります」


「俺たち、最強のコンビかもしれないぞ」


「……まあ、理屈の上では、そうだな」


 そのとき、霧の向こうから、獣の低い唸り声が聞こえた。


「橋の上で話している場合じゃないぜ」

「どっちの岸に行く?」

「熊側の方が、少しだけ近い」

 鉄平は、もう限界、という顔で言った。



 橋を渡り切り、俺は熊の岸へ降り立った。

 鉄平は、地面に膝をついて、大地に頬ずりをしていた。


「地面だ……。ありがとう……」


「戦いは、これからだぞ」


 作戦は簡単だ。鉄平が前に立って、熊の注意を引きつける。俺は先に行って、背後に回り込む。能力が発動している間は、熊は鉄平しか見ない…はず。その隙に、俺が急所を突く。


「ちょっと待て。先に行って、戻ってくるのでありますか?」


「一度先に行きさえすれば、条件は満たすだぜ!」


「理屈なら、そうであります」


 抜け穴を突くのは、いつの時代も得意技だ。


 森の入り口に立つと、熊が現れた。

 三メートルはある巨体。黒く濡れた毛並み。鋭い爪。凶悪な目が、俺たちを睨みつける。


「思ったよりでかいな」

「でかいぜ」


 鉄平は、深呼吸をして、一歩前へ出た。足は、まだ笑っている。

「いくぞ、ガッツ丸」

「おうだぜ!」


「ここは、俺に任せて先に行けッ!」

 鉄平が、叫んだ。


 俺は、頷いて走り出した。熊の脇をすり抜け、森の奥へ。そのまま十メートルほど走って、立ち止まる。


 振り返ると、鉄平の体が、一回り大きく膨らんでいた。

 筋肉が盛り上がり、道着が悲鳴を上げる。熊の目が、鉄平だけを見ていた。


「効いてる!」

「トミー殿、次であります! 熊の背後から、能力を!」


 俺は、深く息を吸った。そして、一番強い言葉を、口にした。


「俺はこの戦いが終わったら、故郷のマリーと結婚するんだ!」


 体の奥から、熱が噴き出した。視界が、鮮明になる。足が軽い。手の杭が、驚くほど軽く感じられた。


「最大級、発動であります! 急所への被弾リスク、最大でありますよ!」

「分かってる!でも、今は…」


 熊は、鉄平に襲いかかった。

 鉄平は、両腕でその爪を受け止めた。ずん、と地面が沈む。足が震えている。顔は真っ青だ。それでも、熊の目を、真っ直ぐに睨んでいた。


「ぬおおおおお! 鉄平、耐えるんだぜえええ!」

「ガッツ丸、静かにしろ!」


 俺は、熊の背後に、音を立てずに回り込んだ。

 杭を握り締める。狙うのは、首の付け根。そこが、一番の急所だ。


 踏み込む。跳ぶ。杭を突き立てる――。


「うおおっ!」


 鉄平の足が、ずるりと滑った。

 熊の注意が、鉄平から、ほんの一瞬だけ外れた。


「トミー殿、危ないであります!」


 熊が、振り向いた。

 爪が、俺の喉元に迫る。能力の効果で、急所へ吸い込まれるように。


 死ぬ。

 新兵Aの人生が、頭の中を駆け抜けた。マリーの笑顔。ジョセフの声。


「させるかァァァ! ここは俺に任せろォォォ!」


 鉄平が、再び叫んだ。

 再び、熊の視線が鉄平に引き戻される。爪は、鉄平の肩を裂いた。光の粒子が、勢いよく噴き出す。


「鉄平君!」

「構うな! やれえええ!」


 俺は、杭を、熊の首の付け根に突き立てた。

 ずぶり、と鈍い手応え。


 熊が、咆哮を上げた。巨体がのけぞり、そのまま、どさりと地面に倒れ込む。


 静寂が、戻った。


 俺たちは、しばらく動けなかった。

 鉄平は、仰向けに倒れたまま、荒い息を吐いている。肩のあたりから、アニマが漏れ出していた。


 俺は、尻もちをついたまま、震える手を見つめた。


「……勝った、のか」


「勝ったであります。おめでとうございます、トミー殿」


「やったぜ、鉄平!」


 鉄平が、ゆっくり起き上がった。


「……君が動いてくれなければ、負けていた」


「いや、鉄平が引きつけてくれなければ、死んでいた」


 二人とも、ぷっと吹き出した。

 笑いは、しばらく止まらなかった。



 日が、落ちかけていた。

 橋の向こうの霧が、夕焼けに染まっている。


 焚き火のそばで、俺たちは並んで座っていた。ポッポ軍曹とガッツ丸は、少し離れたところで、何やら愚痴を言い合っている。


「なあ、トミー」


「ん?」


「前世で、君は、新兵Aだったんだろう」


「ああ」


「俺は、ゾンビ漫画の仲間Bだった。空手部の主将をしていた俺は、漫画の第一話目で、大量のゾンビが街に溢れている中で、主人公の後ろで『ここは俺に任せて、先に行け』って言って、敵に突っ込んで、二コマで終わった」


「やっぱり、あの台詞は死亡フラグだな」


「ああ。……でも、俺は、あの台詞を言ったことを、後悔してないんだ」


 鉄平は、焚き火を見つめた。

「あれは、俺なりの、仲間への想いだったから」


 俺は、何も言わなかった。

 前世で、俺は「新兵A」だった。それでも、ジョセフに指輪を託した最後の言葉は、嘘じゃなかった。


「トミー」


「なんだ?」


「俺たちは、最後の一人しか、主役になれない」


「……分かってる」


「だから、いつかは戦うことになる」


「ああ」


「でも、今日は、本当に助かった。ありがとう」


 鉄平が、手を差し出した。

 俺は、その手を握った。大きくて、分厚くて、まだ、少し震えていた。


「次に会ったら、敵同士だ」

 鉄平は立ち上がり、この場を去ろうとした。


「待ってくれ、鉄平」


「なんだ?この場で決着をつけたくなったのか?」


「違う。もし良かったら、このまま一緒に行動しないか?」


「何だって?」


「俺たちの能力は相性が良い。一緒に行動すれば生存率も上がる。どうせなら最後の二人まで生き残ってから決着をつけよう」


「ははは。こんな世界で仲間か。悪くないな」


「じゃあ鉄平…」


「あぁ、死亡フラグ同盟結成だ」


 鉄平がゴツゴツとした手を差し出す。

 俺はその手をぎゅっと握り返した。


 その手はとても頼もしく思えた。

 しかし、いつかはこの人も倒さなければならない。

 なんて厄介な世界なんだ。

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