第二話 時代劇の斬られ役
ざっ、ざっ、という足音は、どう考えても靴の音ではなかった。草履だ。
建物の影からそっと伺うと、交差点の向こうから一人の男が歩いてくる。ちょんまげ頭に着流し姿で、腰には刀。ガラスの塔が並ぶ渋谷の景色に、ミスマッチな違和感があった。
「あれは、侍ですね」
ポルスが小声で言った。
「見ればわかる。私の世界にも東洋の国に侍がいた。問題は能力だ」
「ボクにはジレンさん以外の能力は見えません。ジレンさんが自分で探ってください。主役になりたいなら」
「こういう時だけ主役扱いするな」
侍は交差点の真ん中で立ち止まり、信号機を見上げて首をひねった。赤、青、赤。点滅する光を、腕組みしてじっと眺めている。
「面妖な……」
そのまま、横断歩道の白線を一本ずつ踏みながら渡り始めた。律儀だ。肩の上には、団子の串に手足と目をつけたような生き物がちょこんと座っている。
「あっ。老舗和菓子店『みたらし堂』のダンゴロウ先輩です。創業三百年の看板マスコットです」
ポルスが侍に聞こえないように小声で囁く。
「お前より人気あるのか?」
「……業界では、そうです」
ポルスの声には悔しさが滲んでいた。
そのとき、侍が不意に足を止め、こちらの物陰に顔を向けた。
「そこな物陰の者。出て参れ」
「なっ、なぜわかった!」
「鎧が微かにガシャガシャと鳴っておる」
言われてみれば、確かに鳴っていた。
私は観念して、通りに姿を現した。侍は私を上から下まで眺めて、ふむ、と頷く。
「西洋の騎士か。そのような重き鎧を身に纏って、私の動きに付いて来れるとは思えんな」
「……なんだと?」
「いや、気にするな。拙者、脇坂源八と申す。お主、見るからに斬られ役のような面持ちじゃの」
「それはこちらの台詞だ。見たところ、お前だって無惨に斬り倒される役どころだな」
「なっ、何を根拠に」
「その髷の乱れ具合だ。三回は斬られている」
「六回じゃ!」
源八は慌てて髷を整える。
「こんな問答も無用じゃ。拙者たちは殺し合わなければならない運命にある」
「…念のため言っておくが、私は能力など使わんぞ。それが騎士道だ」
「奇遇じゃな。拙者も何も使わん。それが侍の武士道じゃ」
どちらも腰を落とし、どちらも手が武器にかかっている。私は丸腰だが、手は柄を探して空を掴んでいた。バレバレである。
「お二人とも、駆け引きが下手ですねー。主役級なら、もう少し上手くやりますよ」
ポルスの冷静な指摘が、やけに響いた。
能力を使わないと言ったものの、自分の能力は口上。
攻撃を仕掛ける前に名乗りをあげても不自然ではない。
相手に能力をうまく隠しつつ裏をかける。
よしっ。
「我は王宮騎士団上級騎士、ジレ…――」
「待たれよ!」
口上の途中で源八が遮る。
また最後まで名乗らせて貰えなかった。
「待たれよ西洋のお方」
「何だ?」
「拙者は侍で、お主は騎士。丸腰で戦っても様にならないだろう」
「…確かにそうだな」
「そこで、提案なのだが、お互いに武器を探してから勝負せんか?」
侍の提案は悪いものではなかった。
相手に武器を持たせることにはなるが、私も素手での戦闘にはあまり自信がない。
このまま負けるようなことがあったら悔やんでも悔やみきれない。
「わかった」
私は源八とこの街を武器を探して散策することになった。
「もー。せっかくの初戦開始の場面なのに締まらないなぁ。これだからモブ出身の人達は…」
ポルスとダンゴロウは呆れたような視線を二人に向ける。
私達は武器を探すため、渋谷の街を歩き始めた。
さっきまで殺し合おうとしていた男と肩を並べて歩いている。考えてみれば、奇妙な状況だった。
いや、それ以上に奇妙なのは、街のほうだった。
「……誰もおらんな」
源八が呟いた。
私も周囲を見回すが、確かに誰もいない。
建物の数や大きさを見ても、本来はかなりの人口がいるはずの街に人の姿は一つもなかった。
「気味が悪いな」
「まるで、人間だけが消えたようじゃ」
「実際、そうなんだろう、私達百人以外は誰もいないんだろうな」
源八が自分の周囲を見回す。
私達以外の参加者も、どこにいるのか分からない。
この巨大な世界のどこかに百人。
この近代都市も、高台から見た広大な景色のほんの一部に過ぎない。
このエリアだけに集中して人が集まっている可能性は低いだろうと、私はたかを括っていた。
「この街、誰もおらんのに、店は開いておるのだな」
源八が一軒の店の前で立ち止まった。
ガラス越しに商品が並んでいる。
照明も点いている。
入口も開いている。
「入ってみるか?」
「武器があるかもしれない」
私達は店内へ入った。
様々な食料や雑誌が並べられている小型の商店だった。
店内をくまなく探すが、武器になりそうなものは無かった。
いや、武器になりそうな物はいくらでもあったのだろう。だけど、私と源八は剣の代わりになるものを探していた。
きっと機転の効く主役級のキャラなら、これだけ物に囲まれていたら、何かしら戦闘方法を思いつくのだろう。そう思いながらも、私にはこれらの雑貨から戦う姿が想像できなかった。
その後も何件か源八と店を回るが、私達のお眼鏡にかなう武器は見つからなかった。
歩き始めて一時間ほど経った頃、源八が突然、足を止めた。
「おい。あれは何の店だ?」
坂道の先に、ひときわ大きな建物が建っていた。
周囲の建物よりも背が高く、壁面には大きな文字が並んでいる。入口は一階だけではない。建物そのものが店になっているらしく、何階もの窓から、色とりどりの商品が見えていた。
文房具、工具、調理器具、旅行鞄、家具、日用品。
何を専門にしている店なのか分からないほど、ありとあらゆるものが並んでいる。
「なんだここは、武器屋か?」
「違うと思う」
「なぜ分かる?」
「武器屋というには、ガラクタのような物が多すぎる。何に使うのか分からないようなものばかりだ」
「なるほど」
源八は納得したように頷いた。
「では、何でも屋だな」
「……まあ、近いかもしれないな」
入口の自動扉は、誰もいないのに近づくと勝手に開いた。
「おお」
源八が目を丸くする。
「店員がおらぬのに、出迎えてくれたぞ」
「機械仕掛けなのだろう」
「機械、カラクリのことか」
「そういうことだ」
「この世界はずいぶんと進んでおるのだな」
私は返事をせず、店の中へ入った。
武器があるとは思えない。
だが、ここなら何か使えるものくらいは見つかるかもしれない。
何階にもわたる広い店だった。
どの階にも棚には商品が隙間なく並んでいる。
それなのに、店員も客も一人もいない。
「不思議な店じゃ」
源八が棚から色んな物を取り、「これは何だ?」と一つ一つ聞いてくるが、私にも分からないものばかりで、答えることは出来なかった。
その度に、ポルスとダンゴロウが使い方を教えてくれた。
この調子じゃ武器は見つからないか。そう思っていた直後に源八が「刀だ!」と叫ぶ声が聞こえた。
慌てて駆けつけると、調理用の包丁がズラリと並んでいる売り場だった。
「これはなかなか良いではないか。刀ほどの長さはないが、十分に使えるぞ」
「確かにこれなら」
私も源八も、出来るだけ刃渡りの長い包丁を選んだ。
刃の長さは四十センチ程度。
手にした包丁を一振りし、感覚を確かめる。
悪くない。
源八も包丁を振るうと、表情が変わった。
それと同時に空気が重くなったように感じる。
さっきまでの間の抜けた侍ではない。
包丁一本で、ようやく自分の居場所を見つけたような顔をしている。
二人で何度か包丁を振るった後、自然と向かい合い、構えた。
そこには先程までの観光気分は一切無くなっていた。
「では、お互いに武器も手に入れた。早速始めるか」
「そうだな」
「しばらく街を散策した仲じゃ。最後にお主の名前を聞いておいてやろう」
その言葉に私は内心ほくそ笑んだ。
自然に口上をするチャンスがやってきたのだ。
私は大きく息を吸い込んでから、口上を始めた。
「私は、アルヴェイン王国、上級騎士のジレン・フォーガだ!」
声がフロア中に響き渡る。
言えた。あの日言えなかった言葉がついに。
能力が発動したことよりも、口上を言い切れた達成感の方が大きかった。
しかし、余韻に浸っている暇はなかった。
「ジレン殿か。では、いざ尋常に勝負」
先に動いたのは源八だった。
踏み込んだ瞬間、草履が床を擦る音が鳴り、距離が、一気に消える。
包丁が横薙ぎに走り、私は反射的に身を引いた。
紙一重で源八の斬撃を躱す。
速い!
包丁とは思えないほど鋭い一撃だった。
「ほう、私の振りを躱すとは」
源八が初めて笑った。
今の一撃で分かった。
こいつは、ただの斬られ役ではない。
少なくとも、剣を振るうことだけは本物だ。
《名乗り口上》で身体能力が上がっていなければ、今の一振りで終わっていた可能性すらある。
「次はこちらから行くぞ」
私は床を蹴り、間を一気に詰めて、包丁を斜めに振り下ろす。
源八は半歩引いて躱し、返す刀で横薙ぎに斬り込んできた。
私は刃を立てて受ける。
金属音が響く。
私は身体を捻り、刃を滑らせて源八の攻撃を外へ逃がした。
その隙に踏み込み、斬り返す。
源八が身を反らす。
刃先が鼻先を掠めた。
「やるな源八!」
「ジレン殿こそ!」
源八が低く踏み込んだ。
右、左、斜め。
目にも止まらぬ連撃が襲ってくる。
私は必死に受け、躱し、そして斬り返す。
刃と刃が何度もぶつかり、甲高い音がフロアに響き渡った。
私は懐へ飛び込もうとすると、源八も同時に踏み込んでくる。
互いの刃が交差した。
頬を浅く斬られる。
同時に、私の刃も源八の肩を裂き、二人とも距離を取る。
頬からは血ではなく、光の粒子が煙のように漏れ出てゆく。
「これは…?」
「これは《アニマ》と呼ばれる、この世界での生命エネルギーです。参加者の皆さんは霊体なので、血ではなく、このアニマが流れ出るようになっています」
頭上からポルスの声が落ちてくる。
「アニマ…。血とは何が違うんだ?」
「基本的には血液とほぼ同じ役割を持っています。流れても時間が経てば回復もします。あっ、ジレンさん、前!」
ポルスの説明に気を取られ、源八から一瞬目を外してしまった。
源八の斬撃をギリギリの所で躱し、私は包丁を構え直した。
源八は肩を押さえながら笑っている。
「……まだやれるな」
「ああ」
再び、二人が同時に床を蹴った。
お互いの実力は拮抗していて、何度も金属音が響く。
私の心は充足感に満たされていた。
かつて二コマで終わった私の人生。
なのに、今は自分の名前を最後まで名乗り、これだけ斬り結べている。
私が本来望んでいた姿がここにある。
それにしても、この源八、一体なんの能力なんだ?
私は既に能力を発動し、身体能力がかなり上がっている。
その上で源八は私と互角に戦っている。
源八はもう能力を使っているのか、それとも元々これ程の強さを備えていたのか。
「ジレンさん、そろそろ一分経ちます。気をつけて」
ポルスが耳元で囁く。
もうそんなに経っていたのか。いま効果が切れるとマズい。源八のスピードについていけなくなる。
私は大きくバックステップをして、源八と距離を取った。
「東洋の侍よ。想像していた以上の強さだ」
ここまで言うと、武器と鎧の重さがズシリとのしかかってきた。
能力の時間切れだ。
「しかしながら、私は負けるわけにはいかない。何故なら私は、アルヴェイン王国、王国騎士団、最年少、上級騎士のジレン・フォーガだからだ!」
再び体が軽くなるのを感じた。
よし、自然に《名乗り口上》を再発動させられた。
しかも、さっきより長く名乗れた。これなら負けない。
私は包丁を構え直した。
「行くぞ、源八!」
一歩踏み込むと、視界の流れ方が明らかにさっきまでと違った。
自分でも驚くほど、身体が軽い。
「な――」
源八の目が見開かれる。
間合いを一瞬で詰め、私は包丁を振り下ろした。
源八の左肩から右腰にかけての袈裟斬り。
しかし、刃が源八の身体を通り抜ける。
――確かに、斬った。
なのに、手応えがない。
私はそのまま源八の横をすり抜け、数歩先で止まった。
振り返る。
源八は、まだ立っていた。
アニマすら漏れ出ていない。
確かに切ったはずなのに。
「……今のは」
源八の声が震えた。
「先程までとは、まるで違うではないか」
肩から胸元まで、着物は大きく裂けている。
それでも源八は倒れない。
「お主……力を隠しておったのか?それとも例の《特殊能力》か?」
「どっちかな」
あえてタネは明かさなかった。何をしたか分からないという不気味さは戦闘において、一つのアドバンテージであることを知っていたから。
源八が包丁を構え直しながら、ジリジリと草履を地面に擦らせながら観察してくる。
「まさか、初戦からこれ程の相手と出会ってしまうとは…」
源八がポツリと溢す。
それはこっちも同じ感想だ。
まさか、集められたモブ百人、これぐらい強いのか?
だとしたら、勝ち残るにはかなりの戦略が必要になりそうだ。
「このまま戦いを続けても、勝てる確証がない。初日から生命を落とす危険は避けたい。故に、今日の所は見逃してやろう」
源八はそう言うと、踵を返して、一気に走り去っていった。
「……逃げたな」
「ジレンさん、膝が笑ってますよ」
「やかましい」
私は源八の気配が消えたことを確認して、その場にへたり込んだ。
モブだと見下していた相手に、見事に手こずった。モブを侮った私こそ、一番モブだったのかもしれない。
「初日から引き分けなんて、二コマの方にしては上出来です。ボクも鼻が高いです」
「もう二コマイジりはやめろ。それにお前の鼻はどこにあるんだ」
「ここです」
どこだ。
「ただ」
ポルスが、珍しく真剣な声で続けた。
「あの源八さん、まだ本気じゃなかったかもしれません。結局あの人の能力もわかりませんでしたし」
あれで本気ではない。源八は九十八人の中でどれぐらいの強さなのだろう。
源八が最強クラスであって欲しいと願う時点で、私はモブとしての発想を捨て切れていないのかもしれない。
九十九人の敵。三ヶ月。
勝ち抜くためには、今よりももっと長い口上を考えて、自然と言えるように訓練しないといけないな。
とりあえず、今日は疲れた。
寝具が売っている売り場があったから、そこで少し休むとしよう。
戦いは、まだ初日のことだった。




