第一話 魔王の側近に瞬殺された騎士
私の最後の記憶は、魔王軍四天王ボルガレスの前で、すうっと息を吸い込んだところだ。
「我は王宮騎士団上級騎士、ジレ…――」
以上である。
名前を最後まで言えないまま、私の人生は幕を閉じたらしい。名乗りの途中で攻撃するなど、騎士道に反する。断じて反する。
改めて名乗ろう。
私はジレン・フォーガ。長年、王宮の上級騎士団員として国に仕えてきた。剣技なら勇者にも負けない自信がある。いや、あった。
王国立大学を首席で卒業し、二十五歳の時に史上最年少で上級騎士へと昇格した。それから二年、私は周囲からの尊敬と羨望を浴び続けていた。
魔王が出現し、世界中に侵攻を始めた時には、ついに私の出番が来たと胸を躍らせたものだ。
しかし、勇者の証である伝説の聖剣を抜いたのは、地方の村出身の少年だった。
少年はすぐに王宮に呼ばれ、王から正式に勇者と任命され、王宮を拠点にしつつ魔王討伐の旅に出た。私は勇者のパーティーにすら選ばれなかった。
そんなある日、勇者が不在の隙を突いて、四天王ボルガレスが王宮に攻め込んできた。勇者が戻るまで持ち堪えねばならない時間は、およそ三十分。騎士たちが王を逃がすことに専念する中、私は思ったのだ。
ここで四天王を食い止めれば、勇者のパーティーに入れてもらえるのでは?
もしくは、自分が勇者として讃えられるかもしれない。
そんな考えも虚しく、結果はご覧の通りである。三十分どころか、三秒ももたなかった気がする。
気がつくと、私は見知らぬ高台に立っていた。
空は妙に白く、足元は硬い。見渡せば、森林、ジャングル、険しい雪山、ガラス張りの高層建築が並ぶ都市、おまけに王宮まで。あらゆる地形が福袋のようにごちゃ混ぜに広がっている。
「ここはどこだ……私のいた王宮が、なぜあんな所に……」
いや、よく見ると私の王宮ではない。似たような別の王宮だ。紛らわしい。
高台には、大勢の者が集められていた。
いや、人間とは限らない。二足歩行のトカゲ、巨木と見紛うほどの巨人、耳の長い青年、血のりのついた見たこともない服の少女、なぜか水着にマントの男。そして少し離れた場所には、全身オレンジのタイツの男がひとり、「ピョッ!」と叫び続けている。誰もが私と同じように、ぽかんとしていた。
「ここ、どこっスか……俺、さっき勇者にやられたはずっスよね……」
「おかしいな、私は犯人に突き落とされて……」
「わたし、悪の組織の幹部に『名を名乗れ』って言った瞬間……」
誰一人として、この状況を把握できていなかった。そのとき、天から声が降ってきた。
『――お集まりいただき、ありがとうございます』
優しい女性の声だった。高台のざわめきがぴたりと止む。
『あなた達は、様々な物語の脇役として役を全うし、死にました。ファンタジーの「最初にやられる野盗」、格闘ものの「噛ませ犬」、推理ものの「過去の被害者」、ホラーの「真っ先に襲われる友人」、学園ものの「復讐されるいじめっ子」、時代劇の「斬られ役」――』
「ちょっと待て」
思わず口が出た。
「脇役とは何の話だ。私は上級騎士だぞ」
『ジレン・フォーガさん。あなたは生きているうちは気付いていなかったと思うのですが、実は漫画の登場人物だったのです。こちらに集められた皆さん、漫画か小説の中に生きていたのです。ちなみにジレンさん、あなたの出番は、四天王の前で一言も名乗れずに終わった、わずか二コマです』
「二コマ……?」
『そうですね。にわかには信じられないでしょう。ご自身が物語の登場人物だったとは。では、まずそれを皆さんに理解して頂くために、ご自身が登場した漫画、小説の場面をお見せします。みなさん目を閉じてください』
言われるがままに目を閉じる。
すると、まぶたの裏に漫画のコマが浮かんできた。
一コマ目、私は颯爽とボルガレスの前に立ちはだかる。
二コマ目、名前を言う途中で、私は死んでいた。火炎魔法で、跡形も残らないほどに。
「俺、一コマで死んでるじゃん」
「私なんて、小説で名前が一行だけ」
「ピョッ! ピョッ!」
高台のあちこちで、虚ろな自己申告が始まった。私は膝から崩れ落ちそうになった。二コマ。二十年の鍛錬が、二コマ。
『あなた達の人生は、あまりに可哀想すぎました。それゆえ、チャンスを与えます』
天の声は続ける。
『これから、ここに集められた百人でバトルロワイヤルを行っていただきます。最後に生き残った一人には、物語の主役として転生する権利を差し上げます』
主役。
その甘美な響きが落ちた瞬間、空気が変わった。
『ただし、敗者は前世と、ここでの戦いの記憶を失い、普通に転生していただきます。そして次の人生でも、再びモブとして死ぬ宿命を背負うことになります』
ざわり、と高台が揺れた。
『この辛さは、痛いほどわかるでしょう。長年築き上げたものが不条理に一瞬で失われ、夢見た将来さえ奪われる。その苦しみを、また味わうのです』
誰も、笑わなかった。いや、笑えるわけがない。
トカゲの男は尻尾を地面に叩きつけ、オレンジタイツの男は無言で拳を握りしめた。「ピョ……」と小さく呟いたのは、気合いなのか癖なのかわからない。セーラー服の少女は血のりを袖で拭い、眼鏡の青年は「次こそ、死に際に一言セリフを……」と震える声で呟いた。水着マントの男でさえ、マントを翻して直立した。
百人分の瞳に、同じ火が灯る。
もう、二コマで終わるのは御免だ。
私も剣の柄を握ろうとして、気づいた。丸腰だった。仕方がないので素手で拳を握った。
『開始は三分後。参加者は、この世界のどこかへランダムに転送されます。着ているものは、基本的に亡くなる直前に着られていたものですが、武器類は公平を期すために外させてもらいました。武器を使われたい場合には現地調達してください』
そうか、確かに戦闘開始時に丸腰の者と武器を所持している者では、かなりの差が出てしまう。意外とフェアな仕組みなんだなと感心しつつ、私はいつの間にか、今の置かれている状況を素直に飲み込んでいた。
『生前に魔法のある世界で暮らされていた方もいますが、魔法が使える人と使えない人がいると、アンフェアになってしまうため、魔法はこの世界では使用ができません』
私の世界にも魔法はあった。
上級騎士たる私も、当然に強力な魔力を持っていたが、それも使えないのか。
『ただし、魔法効果が付与された道具などが各地に眠っています。そちらを手に入れられれば、魔力のない人でも使用することができます』
それを手に入れられるかが、大きな鍵となりそうだ。
『また、戦闘経験の差でアンフェアにならぬよう、前世の生き方とやられ方に見合った《特殊能力》を、お一人に一つ付与します』
特殊能力という言葉に、周囲がざわついた。まるで、もう主役みたいじゃないか、と。
「能力って指定できるんですか?」
「能力を与えられて、どうやってその能力を把握するんですか?」
「敵の能力とかも分かるんですか?」
天の声に対して質問が一斉に飛び交う。
『チッ』
天の声が微かに舌打ちしたように聞こえた。
『だからてめーらはモブなんだよ。主役級の奴らならな、自分で考えて、検証して、その能力にあった戦略を自分で練るんだよ。この時点から心理戦とか始めるんだよ。何でも聞こうとするな、このモブ共がっ』
さっきまでと違う、ドスの効いた低い声。あまりの剣幕に、モブ達は一瞬で静まり返った。
『失礼致しました』
天の声の口調が元に戻ると、周囲から安堵のため息が聞こえてきた。
『戦況と自分の能力を把握するため、皆様に一体のサポート役の妖精が憑きます。さすがにモブの皆様では自分達だけで状況の把握などできないと思いますので』
口調は戻ったものの、本心までは戻りきれていない。
『制限時間は三ヶ月。その間に最後の一人が決まらなければ、勝者なし。全員モブとして転生です』
『それでは、健闘を祈ります』
「えっ? 待て、まだ心の整理が――」
『三、二、一』
全然整理がつかないまま、視界が白く弾けた。
次に目を開けると、私は巨大な交差点の真ん中に立っていた。
「……なんだ、ここは」
空を突くガラスの塔。壁一面に映る、動く巨大な絵。馬もいないのに走る鉄の箱。頭上を轟音とともに駆ける、長い鉄の蛇。そして、無数の人影。
だが、その人影が動かない。よく見ると、全員が人形のように固まっている。街の背景として置かれた、エキストラのようだ。モブがモブに囲まれている。皮肉が効きすぎだ。
あたりを観察していると、足元で声がした。
「ようこそ、近代都市エリアへ!」
見下ろすと、大福のように丸い、白とも灰ともつかない色の犬のような生き物が宙に浮いていた。小さな羽をぱたぱたさせている。胸には「公式」と書かれた金色のワッペン。
「ボクはサポート精霊のポルスです。ジレンさんの担当です」
「……犬、か?」
「違います。ご存知ないですか? 人気漫画『星屑ディスパッチ』のマスコットキャラ、ポルスですよ。アニメ化もされて、累計グッズ出荷数、三千万個です」
「知らん」
「えっ。……まぁ、いいですけど。ちなみに『星屑ディスパッチ』は単行本、全三十五巻。ボクは全巻に登場しています。あっ、ジレンさんは二コマでしたね。失礼しました」
ポルスは、わかりやすいくらいに見下し、挑発してきた。自分を知らないと言われたことが、よほど悔しかったのだろう。
「二コマで悪かったな!」
「いえいえ、悪くないです。ただ、ボクの担当になれたのは、とてもラッキーですよ。本来、あなたのようなモブが関われるような存在ではありませんからー」
こいつは本当に人気のマスコットキャラなのか? 性格悪すぎるだろ。
「偉そうにしてるけど、今お前は私のサポートなんだろ? つまりは私の脇役だ」
ポルスの横柄な態度に、思わずムキになってしまった。
「まぁ、いいです。それはその通りですし。今回の主役はあなた達です。ボクは自分の役割を全うするだけ。じゃあ、まずはここの場所の説明からしますね」
ポルスは、あっさりと受け流した。冷静に現状と与えられた役割を理解し、どっしりと構えている。これが、単なるモブではなかったキャラの立ち振る舞いか。高台に集められていた百人より、明らかにオーラがある。私は素直に感心し、納得してしまった。
ポルスの説明はこうだった。ここは異世界にある「渋谷」という街を模した近代都市エリア。この世界は十数のエリアに分かれていて、百人はそこに散らばっている。建物が多く、隠れる場所には事欠かない。反面、いつどこから狙われてもおかしくない。
「で、肝心のジレンさんの能力ですが」
ポルスが、きりっと顔を引き締めた。ついに、私だけの特殊能力が言い渡される。ここまでのワクワクとドキドキが同居した気持ちは、王宮騎士団の入団試験の合格発表以来だ。
「発表します。ジレンさんの特殊能力は…」
「私の能力は…?」
ごくりと唾を飲み込む。
「【名乗り口上】です。……ふふ、ぴったりですね。二コマの方には」
「また喧嘩を売っているのか?」
「いえ、お似合いだと思っただけです」
悪気がないのだろうが、それが一番タチが悪い。
「で、それはどんな能力なんだ?」
「敵の前に姿を見せてから、口上を最後まで言い切ると、身体能力が上がります。しかも口上が長ければ長いほど、上がり幅も大きくなります」
「おお! それは強そうではないか!」
「たとえば、『私はジレン』だけだと、ちょっと足が速くなる程度。『私はジレン・フォーガ』なら、もう少し。『私は〇〇王国の上級騎士のジレン・フォーガ』なら、さらにぐんと上がります」
「つまり、肩書きを盛れば盛るほど強くなるのだな」
「盛るというか、事実を積み上げるんです。事実と関係ないことを言っても、効果は出ません。持続時間は一分。切れたら、また名乗り直しです」
「一分ごとに、名乗る……」
私はゆっくりと瞬きをした。
「ポルス。ひとつ確認だが、途中で攻撃されたら?」
「言い切れなかった口上は、ただの独り言です」
それは能力というより、ただの死因ではないか。
「前世のやられ方に見合った能力ですから」
あんまりだ。
だが数秒後、私は気づいた。これは、あの日言えなかった言葉を、今度こそ最後まで言い切るための力だ。
「試してみたいのだが、敵の前に姿を出さないといけないのか…」
「お試し用にチュートリアルモードがあります」
「なんだそれは?」
「能力を実際に試せるってことです。ただし、誰かと遭遇した時点で一回能力は消えます」
「ほう、とにかく試せるということだな」
まずは、能力なしの素の力から。私は思い切りジャンプをして、建物の窓ガラスに指を付けた。窓には指の跡がしっかりと残る。
「だいたい五十センチぐらいですかね。重い鎧を着てこれだけ飛べるなんて、普通の人間とは思えない身体能力です」
ポルスは素直に驚いた。
「当たり前だ。私は上級騎士だったのだぞ」
少しはポルスの鼻をあかせたようで、気分が良くなった。次に、胸に手を当て、すうっと息を吸い込む。
「私はジレン!」
言い切ると、体がほんの少しだけ軽くなった。
「はい、跳んでみてください」
とん。
先ほど付けた跡よりも、十センチほど高い場所に触れた。
「十センチ……」
もっと爆発的に上がると思っていただけに、少しがっかりだった。
「これは一番短い自己紹介で、ほぼ初期値ですから。では次、フルネームでどうぞ」
「私は、ジレン・フォーガ!」
とん。
更に十五センチ。
「微妙に上がった!」
「そう、長いほど強くなるんです。さあ、もっと盛ってください」
私は覚悟を決めて、背筋を伸ばした。道行く人形たちが見ている気がするが、あれは背景だ。気にしてはいけない。
「私は、アルヴェイン王国の騎士、ジレン・フォーガ!」
とん。
指先が、二階の窓枠に届いた。
「届いた!?」
「いい調子です。もう一声どうぞ」
「私は、アルヴェイン王国! 王宮騎士団! 上級騎士の、ジレン・フォーガ!」
とん。
ビルの三階の窓に、指先が届いた。
「おぉ、三階まで」
「すごいです! ……でも」
ポルスの耳が、ぴくりと動いた。
「声が大きすぎました。誰か来ます。数は……一人です」
ざっ、ざっ、と乾いた履き物の音が近づく。
ついに、バトルロワイヤルが始まる。さっきまでの和やかな空気が、一気に張り詰めた。
私は絶対にこのバトルロワイヤルを勝ち抜いて、来世は勇者に生まれ変わる。




