6
P市に行こうと提案したのは、やつについて何か情報を得られると思ったからだ。巴がどんな人間か、この目で確かめたかった。ま、必要なくなったが。
これが巴海沙と叔母、そして俺の、十七年続いた長い因縁だった。
▽▲
颯が話し終えると、辺りは水を打ったように静まり返った。
「まとめると、SNSの誹謗中傷によって君の叔母さんは壊れてしまった。原因の発端となった巴氏は俺たちが目撃した轢き逃げ事故により死亡したが、どこからか被害者の情報が漏れてしまった。すると、P市の地域住民へ疑いをかけるインフルエンサーや運転手を擁護する人まで出現し始めた。そこで、あの録画映像と僕たちの個人情報を公開。憶測が憶測を生む危険性を訴えたかった。こんなところ?」
勝矢の問いに、彼は素直に頷いた。
やっと話の整理ができた。颯にとって巴海沙は叔母の仇だったこと。俺たち各々が黙認する動機を持っていたこと。それらの偶然が、犯人の逃亡を手助けする皮肉な幸運となってしまったということか。
「みんな誰かのせいにしたがるんだ。そっちの方がラクだから」
視線は俺たちへ向いているのに、まるで焦点が合っていなかった。
俺の目には、剣を振ることに疲れた騎士のように映った。彼には彼なりの正義があって、長い間葛藤していた。
たとえどこへ行ってもSNSは繋がっている。過去から逃げることは不可能であっても、それを理解したうえで、逃げようとしているのだ。
俺と勝矢に金を分けようとしたのは、みんなを巻き添えにしたせめてもの罪滅ぼしだと受け取った。だけど、そんなはした金で清算できるほど軽くはなかった。
「もうこれ以上話すことはない。さよならだ」
颯はスカイデッキの出入り口へと歩く。
「ひとつだけ、訊いてもいい? いつ裏切ることを決めたの? 車で仮眠を取っている時、データをコピーしていたのを見たんだ」
振り返らず、勝矢の質問に答える。
「あの時はまだ決意が固まっていなかった。保険としてとっておこうとしていただけだ。叔母の死が完全な引き金となったのは間違いない」
彼の最後の言葉は、風の音に紛れ、辛うじて聞き取ることができた。
「これで終わったね」
佐環はぽつりと言った。
「うん。終わったというより、終わらせたんだよ。僕たちの手でね」
勝矢は労いの意味を込めたように言い直した。
「これでもう、会う理由がなくなってしまったのか。急に虚しくなるというか。正直なところ、みんなと繋がっていた間、安心感があったんだ。自分の選択は間違っていなかったんだって。結局のところ、どうだったんだろう。見て見ぬフリは罪になりうるのか。分からないままだ」
俺は思っていることをそのまま口にした。
「そうであるか、否か。全ての物事はふたつに分けられるほど、単純ではないんじゃないかな。人が人である限り。物事を複雑化している最大の要素は感情だったり、価値観だったりするから」
「私も勝矢くんに同意。十年前の自分だったら、絶対罪になるって言うんだろうけれど」
この日、初めて佐環が笑った。勝矢の顔も穏やかになる。
俺自身の答えはまだ導き出せていない。それでも、彼らがいれば、この先もきっと大丈夫だ。
俺たちはR空港を後にした。連綿と引きずってきた過ちと「P市死亡ひき逃げ事件」に区切りをつけて。
▽▲
しんとした早朝の空気が頬に触れた。雪の散らつくほどの冷え込みに、俺はマフラーで口元を覆う。




