↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Rabbit-foot  作者: 広井新
5. Rabbit-foot
61/64

5

 男性がそれを拾おうと背中を向けた、その瞬間。

 やつはポケットに忍ばせていたスタンガンを彼に押し当てた。そしてひるんだ隙に体当たりをし、男性は線路へ投げ出された。電車が来たタイミングと重なったのは、不運としか言いようがなかった。

 事件が報道されると、多くの議論が巻き起こった。中でも多かったのは「周囲の人たちは傍観していただけだったのか。被害者が亡くなったのは彼らの責任でもあるのではないか」というコメントだった。

 看護師なのに、誰ひとり救えなかった。自分のせいで将来有望な男性をひとり亡くしてしまった。事件以降、叔母は自分を責め続けた。最期までずっと。

 母は彼女を気遣い、一緒に住むことを提案したが受け入れることはなかった。彼女もまた、気を遣っていたんだ。インターネット上で憶測が憶測を生み始めたからだ。現場にいたらしき人が「遠目だったからよく分からなかったけど、亡くなった男性はある女性を助けようとしていたみたい」と書き込んだ。すると、「誰? 写真ないの?」、「もっと詳しく教えて。女子高生とか?」などといった、個人情報に踏み込むコメントが出てくるようになった。つまり、俺たち家族へ風評被害が及ぶのを恐れていたんだ。

 この程度ならなんてことないと思っていた。決定打となった一文は他にある。

 ——みんな若い女の人を想像しているだろうけど、亡くなった男性の方が確実に若かった。

 それはSNSで瞬く間に拡散され、叔母の耳にも入ってしまった。心当たりがあったのか、投稿者は職場の同僚ではないか、と疑った。承認欲求を満たすためだったのか、恨みがあったのかは分からないが、叔母は人間不信に陥り退職を余儀なくされた。それからというものの、職場を転々としながら休職と復職を繰り返すこととなった。

 母は当然心配した。心労が積み重なっていたことだろう。夜遅く、父と言い争う声が聞こえてきた。

 俺は野球に集中した。好成績をあげれば励みになると信じていた。今まで助けてもらった分、支えなければ。あの時は、全てを野球に賭けていた。だから、目標としていたQ大学からスカウトされた時は涙が出るほど嬉しかった。そこは多くのプロ選手を輩出している。本当に実現するかもしれない。抽象的なイメージが色と形を象(かたど)ってきた。

 その矢先、怪我をした。肘の疲労骨折で何か月も休んだ。崩れ落ちていった。何もかも。

 俺は久しぶりに叔母のところへ行った。報告したんだ。ダメだった。あれだけ応援してくれたのに、申し訳ない。

 彼女はもぬけの殻同然、うわの空だった。元に戻ってほしくて、諦めずに通いつめた。そのうち憎くなった。あの事件を起こした犯人が。

 なんとか情報を聞き出そうとした。犯人の少年はどんなやつだったのか。特定して復讐しようとは思っていなかった。せめて知っておきたかっただけだった。

 そしてある日、叔母は観念したように口を開いた。ひき逃げが起こる半年前だったと思う。

「ハーフっぽい顔をしていた。瞳の色は暗い緑色。見間違いでなければ、うなじに火傷を負った跡があった」

 全身の血が心臓へ集まるのを感じた。

 全ての条件に当てはまる人物はたったひとり。

 巴海沙だ。

 まさか、校舎裏で会ったあの少年が犯人だったとは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。