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「それでも彼を責めようとしなかったんだ」
「彼にはちょっとした借りがあった。それに……いや、これは本人に直接訊く」
「相変わらず冷静だね。俺だったらいてもたってもいられなくなる」
「それが自然さ。僕はちょっと、君たちと感覚が違う」
勝矢といると、自分が嫌になる時がある。未だに、心のどこかで「巴海沙」が引っかかっている。どんな事情を抱えていようと、善良な一般市民を巻き込むなんて迷惑極まりないと。
勝矢はいつでも冷静で、いつも先を見ることができている。そして佐環も。
「きたか?」
手元のスマホが振動した。
——こっち来てる。早く。
行こう。
言葉に出さなくとも分かった。
勝矢と目が合った直後、俺たちはスカイデッキへ向かっていた。
熱のこもった屋内と違って、強風が途切れることなく吹いている。おかげで人影はなく、そこは俺たちが裏切り者と対峙するためだけにセットされた舞台のようだった。
佐環の隣に立つ男性。スポットライトがふたりを照らし出す。
「やっぱり来ていたのか」
颯は俺たちを軽く睨む。
「悪いとは思ってない。そっちも裏切ったんだ。おあいこさ」
俺の言葉に正面を向いた。隈が濃く、頬は痩せこけている。
「佐環を責めないでほしい。僕が無理に言ったんだ」
「勝矢、お前まで友情ごっこかよ。……まぁどうだっていい。俺はここから出ていく。一生戻ってくることはないし、お前たちと会うこともない」
颯は夜空の彼方へ目線を移した。本当に飛び立つつもりなのか。
「その前に教えて。どうして私たちを裏切ったの?」
「フッ。どうして、か。どうしてだと思う?」
再び向き直った。目に涙を浮かべ、唇を震わせていた。同一人物なのか怪しくなるくらい、青春時代を共にした颯ではなくなっていく。
「巴海沙の起こした事件と、何かしら関係しているんだね?」
勝矢が訊いた。
「あぁ。俺には看護師だった叔母がいた。そして彼女は、P駅無差別殺傷事件の被害者のひとりだった」
「え……」
佐環の推測は案外的外れではなかったようだ。颯は続ける。
「あいつの振り回した刃物で負傷したんじゃない。言葉の刃によってひどく傷つけられたんだ。事件を知った第三者たちによって向けられた憎しみの刃にな」
颯の叔母さんはP駅にいたけれど、直接被害を被ったわけではないということだろうか。
彼は昂る感情を深呼吸で整えた。
「車に轢かれたのがあの巴海沙だと知った時、運命だと思った。叔母さんを……俺たち家族を苦しめた元凶が、目の前でくたばっている。死んでいるのはほぼ間違いないと思った。そうでなくともこのまま闇の中で息を引き取ることは、こいつに相応しい死に方だ。だから見て見ぬフリをするよう仕向けたんだ」
確かに、当時は颯の言葉に納得してしまった。けれど、巴海沙の半生を知った身となった今の心境は複雑だ。
佐環の髪が激しく揺れる。
「だとしたらどうして告発なんてしたの? 私たちの個人情報まで晒して……」
「叔母が亡くなったからだ。ひき逃げ事件が時効を迎える一週間前に」
「え……まさか自殺とか?」




