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私は振り返り車の中を見る。彼が車内にいることを確認し、勝矢くんに訊いた。
「なんで伊吹くんって黙認に賛同していたんだろう?」
「多分、小さい頃のトラウマが原因じゃないかな。近所の公園によく来る女の子がいて、その子はずっとひとりで遊んでいたものだから、見かねた伊吹が声をかけたんだ。すぐ仲良くなって、僕も含めて遊ぶようになったんだけど、ある日その子の親が怒鳴り込んできたんだ。ウチの娘に手を出したのは前か! って」
「どういうこと?」
「さぁね。僕はその場に立ち会っていなかったから詳しいことは分からない。とは言え、そこから保守的な性格になった感じはする」
「そんなことが……」
そうか。各々、黙認するという決断に至るまで、事件と関わりたくない経験をしてきたんだ。
「気分はどう? 良くなった?」
車に戻り、伊吹くんに声をかけた。ぐったりしたままだが、顔色はさっきより良くなっている気がする。
「だいぶマシになったよ。酔い止めが効いたんだと思う。ありがとう」
「それは良かった」
勝矢くんは腕時計を見て「そろそろ約束した時間になる。伊吹が大丈夫なら行こう」と乗り込んだ。
保護司から送られてきた住所は、由緒ある寺院だった。彼らの活動はボランティアで行われているというのだから驚いた。よほど資金と心に余裕がある方たちにしかできない。車を隣接している駐車場に止め、精巧で荘厳な装飾が施された門をくぐる。見えない板で遮られていたかのように、古い木の香りが押し寄せてきた。
「いらっしゃらないみたいだね。電話してみる」
勝矢くんは短く会話を済ませた。それから数分後、下駄を引きずる音と共に彼は姿を現した。袈裟を着た坊主頭の中年男性だった。
「こんにちは。すみません、お待たせしてしまって。大鼻様でよろしかったですよね?」
「はい、大鼻と申します。本日はお忙しい中、ありがとうございます。こちらは私の友人であり、例の事件の目撃者である、耳塚と手柳です」
「よろしくお願いします」
私たちは会釈をした。彼が事前に事情を伝えてくれたおかげで話がスムーズに進む。
「こちらこそ。私、巴海沙の保護司をしていた光永と申します。さぁ、詳しい話は中へ入ってからにしましょう」と、寺院の横に建てられた一軒家の客間へ案内された。
「どうぞ、座ってください」
「ありがとうございます。失礼します」
「そんな緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
過剰なくらいかしこまった姿勢に、光永さんは優しい口調と笑顔を向けた。
「それで、皆さんは巴くんのことについて知りたい、ということでしたよね」
その名前が出た瞬間、私は背筋を伸ばした。
「はい、そうです」
「巴くんは、世間から言われているような人間ではない。そう言い切れなければいけない立場にあるにも関わらず、断言できずにいます。何せ、彼が心を開いてくれる前に、あの事故に遭ってしまったのですから」
光永さんは俯き加減に、ポツポツと言葉をこぼす。まるで追い詰められた犯人が罪を白状するかのように。
「彼が産まれた家庭環境はごく一般的で、虐待されていた事実はないと本人が証言しています。私が推測するに、彼を精神的に追い詰めた主な原因は、イジメによるものだったのではないかと。というのも、見た目にかなりコンプレックスがあったようでした。父親は日本人、母親はヨーロッパ出身の外国人のハーフ。色白で堀の深い顔立ちが特徴的でした」
だとしたら、イジメによって不登校だったという可能性もある。顔写真が出回っていないのも納得だ。彼は続ける。




