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伊吹くんの言うことも分かる。よほど慎重な人物なのか、いくらネットを検索しても巴氏の顔写真が出てこない。
颯は持っていた。火傷以外に、轢死体となっても彼であると判断できる材料を。
「僕からもうひとついい? ひき逃げ事件の公訴時効について疑問がある。ひき逃げの時効は十年だけど、危険運転致死罪が適用されれば二十年に延長される」
「ちょっと待って」と私が口を挟む。「危険運転って、確か過度な飲酒とかあおり運転とか、悪質な運転のことだよね?」
「そう。しかも、それが原因で人を死なせてしまった場合適用されるらしい。初動捜査でスピード超過は認めているだろうし、遺族は罪名の切り替えを求めなかったのかということ」
「どの記事を読んでも父親からのコメントは全部同じ。早く自首してほしい、のみ。少年院に入っていたから、親子と言えど疎遠になっていたのかもね」
伊吹くんが補足した。
私の両親は私を大切に育ててくれたが、当然ながらそうでない家庭も多く存在する。
P駅の事件に、今回のひき逃げ。巴氏の家族が受けた苦痛は計り知れない。
「いっそ、私たちでP市に行ってみない?」
「行くって、あの事故現場に?」
「それと、巴氏に所縁がある人も探したい。何か手がかりが見つかるかもしれない」
「いいと思う。そうしよう」
「え、勝矢まで」
「彼は平日の深夜の時間帯に事故現場周辺を歩いていた。当時、住んでいたとすればP市内である可能性が高い。更生保護センターへ連絡してみるよ。そこから彼の保護司へ繋がるのが一番いい」
「なるほど、保護司ね。それは思いつかなかった」
遺族へ連絡を取るにはハードルが高過ぎる。だから勝矢くんは次に近しい人物として保護司を選んだのか。しかし、そう簡単に会ってくれるか不安だった。犯罪を犯した者の社会復帰をサポートする人たちなのだから、彼らの懐の深さに期待するしかない。
「今日は遅いから次に予定が合う日にしよう。私が車出すから、ふたりは駅まで来てほしい」
「ありがとう。助かる」
ほぼ伊吹くんを無視して話を進めてしまった。けど、勝矢くんが行くならと了承してくれた。
私と嗣乃にも、こんな時期があった。いや、彼らを繋ぎ止めるのは「依存」ではない。
嗣乃がパパ活をしていると知った時は、やはりショックだった。私たちの間に隠しごとなどないと思っていたからだ。もっとも、彼女を責めるつもりはなかった。社会人になってから価値観のズレは大きくなるばかりで、毎日一緒に遊んでいたのが嘘みたいに冷めきっていた。
その日の夜、私は彼女にひと言だけメッセージを送った。
十年ぶりに、ひき逃げが起こったP市の現場を訪れた。事件が起こって以来、踏み入れることのなかった町の装いはほとんど変っていなかった。人気の無い工場は中途半端にシャッターが下ろされ、港に繋がれた船は波に合わせてわずかに向きを変えるだけ。ここはどこよりも空気が停滞している。
展望台から眺めた海は美しかった。それだけでなく、遥か遠くから、波はこの町に美しさと寂しさの両方を連れてきているのだとも思った。
「ここからだと現場がよく見える。緩やかなカーブはあるものの、ほぼ真っすぐに伸びている。見晴らしが悪くて被害者を視認できなかった、という訳ではなさそうだ」
隣で勝矢くんが言う。すっかり海へ目がいってしまっていた私は「そうだね」と小さく付け加えた。
保護司と無事連絡が取れ、会って話を聞くことを快諾してくれたが、保護司と約束した時間よりやや早くなってしまった。そのため回り道のついでにここへ立ち寄ることにした。




