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Rabbit-foot  作者: 広井新
1. No pain, No gain. ——耳塚伊吹——
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5

 P駅無差別殺傷事件——よく覚えている。後味の悪い事件だったから。確かP駅のホームで無差別に刃物で人を襲い、結果的にひとりが亡くなった。犠牲者は犯人を捕まえようとして失敗し、ホームから転落。不運にも電車と衝突してしまった、ということまでは覚えている。

 その加害者が颯の知り合いだったとは。それにしても、車に轢かれた被害者は男性の風貌をしていた。男性にミサという響きの名前は少し妙な感じがする。何より、一目見ただけで本人だと分かった理由。頭部が原型を留めていない状態で断言できるものなのか。

「知りたいことはたくさんあると思う。けど今決めるべきは、このまま見て見ぬフリをするかどうか」

 勝矢の発言に全員の空気がピリついた。

「待って。何で見て見ぬフリをしないといけないの。通報した方がいいに決まってるじゃない!」

 佐環は少し語気を強める。彼女の言っていることは真っ当な意見だ。だけど、勝矢の肩を持ちたくなってしまった。この情報社会の中、ひき逃げ犯を目撃したと証言すれば犯人たちから報復を受ける恐れがある。ようやく決まった就職先を手放したくないし、無関係でいられるのならそれに越したことはない。それに、颯の言っていることが事実なら、正直被害者に起こったことは因果応報と呼ぶべきだろう。

「つまり、今いる五人全員、運命共同体になるってことだな」

 颯が言う。佐環だけは「それ本気?」という顔をして、黙って成り行きを見守る嗣乃へ問いかけた。

「何とか言ってよ。あなただって同じ気持ちでしょう?」

「私は……多い方に合わせる。言い合ったって仕方ないし……」

「だったら通報だけでも……」

「私たちじゃなくたっていいでしょ。それに被害者は人を殺してる。後で誤情報流されて一緒にされたくない」

 初めて聞く声だった。これ以上反論してこないで、と突き放しているような。佐環は下を向いた。彼女相手ならあっけなく引き下がる。このふたりに挟まっているのは純粋な友情なのだろうか。

 今の技術でどこまで解析できるのだろうか。タイヤ痕の他に車の塗料の種類とかあれば、簡単に車種を特定できるかもしれない。仮に俺たちが証言したところで、手がかりはほんの一部。暗い色の車であったが、全体的に不鮮明でメーカーのマークは映っていなかった。はっきりしていることは、Uターンして逃げて行ったということぐらいだ。

「この事故のことは金輪際忘れよう。そしてこの事は、俺たち五人だけの秘密だ。ガキがする指切り約束みたいに薄っぺらいものじゃない。墓場まで持っていく覚悟でいなきゃ」

 颯は演説をするかのように大きく身振りをして訴えかける。

「これだけの大事故を起こしておいて逃げられると思うか? 捕まるのは時間の問題だ。俺たちが証言しなかったとしてもだ。確かに、被害者と遺族は気の毒だと思う。だけど、自分たちの人生も危うくなる。そうだろ?」

 反論する人はいなかった。頭の中にあるのは、何の根拠もない行き過ぎた私刑パフォーマンスによって無実の一般人をリンチにし大炎上した、最近の出来事だろう。再生回数を上げるためなら、見境なく襲ってくるやつらもいる。撮る側も見る側も、P駅構内無差別殺傷事件の時から何ひとつ学んでいない。

 ——娘を唆(そそのか)していたのはお前か!——

 両目を力いっぱい閉じる。奥底に封じ込めた記憶がフラッシュバックしてきた。眉を吊り上げて怒鳴る女性の声……。もうあんな思い二度としたくない。

「だったら、こうしない?」嗣乃が口を開いた。

「全員の秘密を共有しあうの。裏切り者が出ないように」

「率直に言うと、弱みを握りあうってことだよね……。有効な方法かもしれない」

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