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俺は被害者の体に沿ってスマートフォンのライトをゆっくりと動かす。佐環が言いかけたセリフの続きは「地面に叩きつけられた衝撃で原型を留めていないから」。その姿が目に焼き付いた。
現場の道路は片側一車線で、ほぼ直進だった。飲酒運転のせいで過度にスピードを出してしまった。被害者に気づいたものの、ブレーキが間に合わなかったか。まさか歩行者がいたなんて思わなかっただろう。
そんなことより、ひき逃げ事件の目撃者になるなんて、とことんツイていない。肝試しなんてやらずにさっさと帰ればよかったんだ。一度に色んなことが起きて頭がパンクしそうだった。深呼吸をしてどうにか気持ちを落ち着かせる。
嗣乃は啜り泣き、佐環は気分を悪くしたのかその場でうずくまり、颯は変わらず被害者の横で立ち尽くし、勝矢は何かを探すように辺りを見渡している。誰も通報しようとする素振りを見せない。
「……とりあえず通報しないとだね。一応救急車も……」
俺はスマートフォンのキーパッドを開き、汗ばんだ指で「1」「1」と押す。すると、「9」に触れかけたところで、誰かが呟いた。
「……知ってる……」
「え? 何か言った?」
ぐるりと全員の顔を見る。
「俺、知ってる……。これは多分……、いや間違いない」
発言者は颯だった。こればかりは確かに覚えている。俺たちはその言葉の続きを待っていたが、沈黙に耐えかね佐環が切り出した。
「ごめん、どういうこと? ひき逃げ犯を知ってるってこと?」
「いや。知ってるのは被害者の方。この人、多分巴海沙だ」
巴海沙——その名前を聞いて思い当たる人物がいない。サークル仲間か、かつての同級生? もしかしたらテレビに出ているような有名人なのか。
困惑する四人を置いていくように、颯の焦りは加速していく。
「伊吹、まだ通報しないでほしい! みんな、先に一旦ここを離れるんだ。早く!」
「え、何で?」
「いいから! 詳しいことは後で話す」
「そうしよう。僕たちが思っている以上に、ややこしいことに巻き込まれてしまったのかもしれない。幸運にも監視カメラはないみたいだから、他の車が通る前にここを去ろう」
勝矢は颯に賛同した。依然として、俺と嗣乃は状況を掴めないままだった。
「ちょっと待ってよ。何で立ち去るの? 通報もなしに!」
佐環がすかさずふたりを止める。
「だから後にしろって! 轢かれたのは間違いなくアイツ……。巴海沙なんだから!」
颯の声が上擦った。
「それと何の関係があるの?」
彼の様子がおかしいことに無視できないものを感じ、宥めようとした時、「佐環。一旦、彼の言う通りにしよ」。
「嗣乃……。あなたまでそんな」
「正しさだけではどうにもならないことだってある。でしょ?」
佐環は口を堅く結んだ。彼女の行動次第で俺たちの未来が変わるかもしれない。
「……分かった。その代わり、ちゃんと説明してよ」
「あぁ。さぁ、早く行くぞ」
出た答えに全員が胸を撫でおろしただろう。颯を先頭に事故現場から浜辺へ。次に、置きっぱなしにしておいた残りの花火やゴミ等を回収し、自分たちが事故現場近くにいた痕跡を消した。五人が掲げるスマートフォンの灯は、お互いの姿を照らさぬよう右往左往している。悪いことをした訳ではないのに、周りを囲う暗闇と漣の音が不穏な空気を煽り立てた。人が轢かれる瞬間を目撃してから、まだ体の震えが止まっていない。
「ゴミはもう全部回収できたよね?」
勝矢は辺りを念入りに確認する。
「多分大丈夫……」佐環が袋の口をきつく縛った。「それより教えてくれない? 被害者のことと、何で通報しない方がいいのかを」
「……巴海沙は七年前に起きたある事件の加害者なんだ。みんな、少年がP駅構内でナイフを振り回し、無差別に人々を襲撃した事件を覚えてるか?」
「うん。確か加害者は当時中学生だって報道されていたような……って、まさか」
「あぁ、そうだ。本名を伏せられ報道されていたが、間違いない。そいつの名前は巴海沙。俺の、かつての同級生だ」
五人の間を吹き抜ける強い潮風が沈黙をもたらした。




