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俺の代わりに勝矢が送信する。少し下ったところに目を向けると佐環と颯がこちらの様子を窺っていた。
もう鈴虫と波の音しか残っていない。戻るなら今かと考えていると、再び会話が聞こえてきた。
「早く……」
「……ないよ」
「行こう……」
短いやり取りの後、ドアの閉まる音が数回。そしてバックブザーを鳴らし、例の車はエンジンを吹かして遠くへ去っていった。
恐る恐る立ち上がる。目の前の道路には、太い二本の線が中央線を跨いでくっきりと残っていた。犯罪ドキュメンタリー番組なんかで見たことがある。これはタイヤ痕だ。ひき逃げをしたやつらのものに違いない。辿ってみると、横断歩道を越えてもそれは続いていた。
「一体何がどうなっているんだ?」
颯が階段を飛ばしながら合流してきた。
「わ、分からない……。ちょうど階段の最上段に差し掛かった時、すごい音と声がして……。それから、女の人がお酒がどうのって……多分酒飲んで運転してたんじゃないかと……よく聞こえなかったけど」
「すごい音と声って、もしかして……」
嗣乃が手で口を覆いながら言った。
「伊吹、カメラ持ってるよね?」
勝矢が訊く。
「うん、持ってるよ」
俺は右手に握ったままの自撮り棒と、その先に取り付けたアクションカメラを確認する。勝矢の言いたいことは分かった。
「そっか。もし、このカメラに事故の一部始終が映っていたら、これが重要な証拠に……」
誰かがボソッと言った。全員の視線が一点に集中する。いつの間にか円卓を囲むようにして、俺たちは立っていた。
「ねぇ、まだ録画止めてなくない?」
「え? あ、本当だ」
嗣乃が言ってくれたおかげで、録画モードのまま停止していなかったことに今更気づく。気が動転していてそれどころではなかった。
自分のスマートフォンとカメラを無線で繋ぐと、全員が見えるよう手を輪の中央へ伸ばす。
「みんな、いくよ……」
例の動画の再生ボタンを押した。
「うっ……」
喉の奥まで苦くて熱い液体が込みあがってきた。あまりの悲惨さに、みんな目を伏せている。
断末魔に、勢いよく飛ばされる被害者の影。甲高いブレーキ音と複数の男女が車から降りてくる映像。そして、俺や嗣乃の顔と颯の声、救護をせず逃げた車のエンジン音もはっきりと。
「確かめに行こう。まだ息があるかもしれない。それに、通報もまだでしょ?」
動画が終わると、真面目な性格の佐環が真っ先に言った。
「それもそうだな……」
彼女につられて横たわる被害者の方へ足を向ける。しかし、嗣乃はその場を動こうとしない。死体を見るのが怖いのだろう。
「嗣乃、行くよ。この五人が目撃者なんだから。私は関係ない、なんてやめてよね」
「分かってるよ……」
嫌なら無理して見なくてもと思ったが、嗣乃は佐環に言われ仕方なくといったふうに動き出した。
「いた……」
白い光の中に、血塗れになった被害者がうつ伏せの状態で倒れている。黒光りする血溜まりが静かに広がっていた。それなのに、被害者から目を離せず固まってしまった。
勘違いでも夢でもなかった。やはり彼らは人を轢いてしまい、そして逃げた。これがのちの『P市死亡ひき逃げ事件』となる。
颯と佐環が血液を踏まないようにしながら被害者に近づく。
「い、息してる……?」
嗣乃が二人に訊く。
「多分してない。目が開いたままになってるから……。それに、頭の形が半分……その……」
佐環が声を震わせながら答えた。




