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贅沢を言うなら嗣乃とは卒業しても付き合いを続けていたい。彼女とは話や趣味も合うし、たまにだけどふたりだけで出かける時もあった。それも、向こうから誘ってくれていた。だから、チャンスがあれば告白したいとタイミングを窺っているのだけど、未だ怖気づいている。それに佐環から、彼女の理想はかなり高いと言われ益々勇気を失くした。
浜辺を離れ緩やかな坂道を歩く。神社の前の道路に出るまで街灯はなく、スマートフォンのライトを頼りに慎重に一歩を踏み出す。非科学的なことは信じない方だが、こう暗くてはどうにも気味が悪い。両肩に何かが重くのしかかっているような気がしてきた。
アスファルトの道は途中から階段になった。思った以上に遠い。息を切らしながら登っていると、ようやく石造りの鳥居が見えてきた。あと少し。最後の段に足が掛かったその時。
「うわぁー!」と野太い声が聞こえたと同時に、ドンッと鈍い音が闇の中に落ちた。続けてキーッと長く甲高い音がすぐ近くで響く。
突然の出来事に、体が硬直した。仄かなガソリン臭と焦げ臭さが漂う。咄嗟にスマートフォンのライトを消し、近くの電柱の陰へ身を寄せた。
「私たち……。どうすんの?」
「仕方ねーだろ! 逃げるしかない!」
「酒飲んでるし……。バレないかな?」
男女の声がした。見つからないようにその場にしゃがむ。バランスを崩し尻もちをついてしまった。
「いっ!」
下唇を噛み、掌に石の先端が食い込んだ痛みを我慢した。
スマートフォンのライトを消して、音がした方へゆっくりと顔を出す。
一体何が?
今分かることは、道路脇にある街灯の下にカンガルーバーを装着した黒っぽい大きな車が照らされていたこと、現場に複数の男女がいたことだけ。
波の音が邪魔をして、正確な人数や会話の内容は不明だ。だけど、非常にマズイ事態であることは分かる。恐らく、彼らは何かを轢いてしまったのだ。最悪の場合、人間を轢いてしまった。そして俺は偶然にも事故の目撃者となってしまった。それだけならまだよかった。これがただの事故で済んだのなら。
——緊急事態! 誰か来て! ヤバいことになってる!
這うように階段を降りながら同期たちにメッセージを送る。
——どーした? ユーレイでも出たか?
颯が呑気に返してくる。
——違うよ! とにかく来て! 俺ひとりじゃ対処できない!
——不審者に襲われてるとか?
今度は佐環が返事をした。
——見た方が早い! とにかく誰でもいいから!
——分かった。今そっちに行く。もし何かあったら全力で車まで走るんだ。
流石、勝矢だ。スマートフォンを胸に押し当て深呼吸をし、体を無理やり縮こませて気配を消そうとした。
酒という単語が出ていたからこのまま逃げる可能性もある。人を死なせて逃げようなど考えている奴らなら、まともな人間でなかったら……。何をされるか分からない。見つかってはダメだ。ヤバい奴らには関わらないのが最善だ。
頼む、頼む……。
耳を澄ませれば澄ますほど、聞こえてくるのは自分の心音だけになっていく。運転手たちは逃げたのか、それとも救急に電話しているのか、もう立ち上がっていいのか分からなくなっていると誰かが膝を軽く叩いた。
「勝矢、来てくれたんだ……」
いつも一緒にいた友人の顔は、暗闇でもすぐに分かった。彼は頷き、メッセージを送信した。
——どうした?
俺が「説明は後で。みんな、とにかく静かにここを離れて」と打ち終えたところで、嗣乃が割って入ってきた。
——あんなところで何してるのかな?
甘酸っぱい香りが隣からしたと思ったら、気づかぬうちに彼女がしゃがんでいた。しーっと人差し指を立て、片方の手で「ほら、あそこ」と示している。
——みんな静かに! 身を屈めて。




