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「そうなの?」
「あぁ。今でいうモラハラというやつだ。当時はそんな言葉なかったと思う。とにかく、私は彼女に完璧を求めすぎてしまったんだ」
初めて知った。普段の父の姿からは想像できない。それに母も、ストレスを表に出してこなかった。少なくとも私の前では。
全開にした窓から少量の水滴が頬に当たった。いつの間にか雨雲が頭上を覆っている。
「お母さんから告白を受けた時は、もちろんショックを受けた。本気で離婚を考えた。だけどしなかった。心の底からよかったと思っているよ。血は繋がっていなくたって関係ない。我が子が傍にいるだけで、どんな苦難でも立ち向かう勇気をもらうことができた」
口を挟まず耳を傾ける。
「佐環、犯人を吊るし上げることは至極簡単だ。人間である以上、誰だって間違いを犯す。ただその人の過ちを糾弾しても意味がない。今ある結果は、無数にあった選択の積み重ねだ。誰かのせいに出来るほど物事は単純でないと、私は考える」
その言葉は母の不倫だけでなく、黙認した件に対して言ってくれているものだと受け取った。
「ありがとう。すごく心強い」
「そう言えばコンビニ行くんだったな。ごめん、随分遠くまで来てしまった」
「大丈夫」
「あと、たまにはお母さんとご飯を食べてあげてほしい。すごく心配していたよ」
「まぁ……考えてみる」
そう言いつつ、袋が一杯になるまで商品を詰めた。母の手料理を食べるのは当分先になる。
雨は優しく地面を濡らす。もし叩きつける勢いで降ったとしても、止むまで待ちたいとは思わなかった。
前に進まなければ。父の言葉が、背中を押してくれた。
「まず誰から発表する?」
勝矢くんは私と伊吹くんの顔を交互に見た。
「私から、と言いたいところだけど、全く情報が集まらなかった」
「俺もそう。少年犯罪だからなのかな。どの記事も似たり寄ったりだ」
伊吹くんは肩を竦める。
「それでもいい。三人で考えれば何か新しいことが分かるかもしれない。とりあえず僕から始めるよ」
勝矢くんはタブレットを私たちの方へ向け、P駅無差別殺傷事件の詳細について語りだした。
「概要はもう分かってるよね? 発生したのは十七年前の十月二十日。P駅のプラットフォームにて少年Aが果物ナイフを振り回し、それを制止しようとした。男性が少年に突き飛ばされた。結果、その男性は線路内へ転落、電車にはねられ亡くなったわけだけど、その他にも複数の軽症者も出ている。ただ、どの記事にも巴氏の名前は出ていない。僕たちが少年Aを彼と推定したのは、あくまで颯とネットの情報からだ」
「ちょっといい? ぼんやりしか覚えていないんだけど、私、颯くんにどうして巴海沙だって分かったのか、訊いたと思う。その時、火傷がどうのって言っていた気がしてる」
「それ、俺も覚えてる! 火傷の痕を見て分かったって言ってた」
伊吹くんがパチンと両手を鳴らした。「まぁ、だからといって、その事件の加害者と結びつけられないけれど……」
「うーん。巴氏との間に、何らかの関係があったことは間違いなさそう。それがP駅の事件に起因するのかが分かればね」
私は頭を捻った。やはり、ネズミの正体は彼なのだろうか。振り返れば、黙認することに一番こだわっていたのも彼だ。
「久目颯」の名前で検索をかけてみる。トップに表示されたのはある少年野球チームの優勝を報じる他県のローカル新聞の記事だった。チームの集合写真や、バットを構えている場面、ホームへ向かって走っている姿など何枚か写真が掲載されている。一枚ずつ拡大するも、颯本人だと分かるものはなかった。




