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「体調悪いの? 大丈夫?」
「そんなことないよ。ただ……お前は自慢の娘だ」
「変なの」
能天気な私は気がつかなかった。父が無理に時間を作って迎えに来たのは、ひたむきに隠してきた事実を告げたかったからだろう。
その日の夕食、父と母の目線は私以外の人物に向けられていた。
真夏の体育館は蒸し風呂状態だった。
七月末から始まるインターハイ予選。これが三年生にとって高校生最後の大会になる。
強豪校をフルセットで制し、三回戦へ進むことができた。勝てば準々決勝。史上最高の成績を残せる。
初戦からスタメンで出場し続けたおかげか、コンディションは完璧に近かった。頭がスッキリしていて、体も迷いなく動く。仲間の声も聞こえる。これほどまで勝利に近づいたことはなかった。
しかし、アップの最中、友だちからのひと言がズレを起こした。
「ねぇ、あの男の人、佐環の知り合い?」
「え?」
「ほら、真後ろにいるじゃん。観客席の最前列にいる、望遠鏡を持ったおじさんだよ」
彼女が言うおじさんを探すと、その男へ自然と視線が向いた。心なしか、彼は口角を上げた。歳はそれほど若くない。保護者や生徒たちの間に立って特定の場所をじっと見ている姿は、異質なオーラを放っていた。わざと目立つためそこにいるではないか、と気味が悪くなった。
「違うと思う……けどなんで?」
「なんか気になっちゃって。あの人、ずっと私たちの方を観てるから」
「多分、相手チームの親御さんだよ。応援団の横にいるんだから。気にしすぎって」
「そうだといいけど……」
この会話を早く済ませたかった。今の私に必要ない。せっかく調子が乗ってきたところなのに、頼むから邪魔をしないでくれ。
エラの張った輪郭、薄い唇。父は「美形」とは言い難い容姿をしている。その反面、私の顔は完全に母に似て、父の面影はない。
よくあることだと思っていた。不倫なんてものはドラマの世界の話であって私には関係ない。何より、父に不満を持つ要素がない。あらゆる面で家族を支えてくれているのだから。
——佐環とお父さんって、全然似てないよね——
頭の中で認めたくなくて封印していたセリフが蘇った。
集中しようとした。できなかった。試合開始のホイッスルが鳴ってからも。おじさんの視線がどうしても気になってしまった。意識しないようにしても意識してしまう。
「ドンマイ! 切り替えよう!」
私の腕を弾いたボールがアウトになる。チームメイトの焦りは苛立ちへ変わっていき、私は背後で崩れゆく地面の音を聞いていた。
チームメイトが涙を堪え、相手チームが歓喜に沸く頃になっても、彼はまだそこにいた。
帰宅後、母が作ってくれた豪勢な料理にほとんど手を付けず、例の「おじさん」のことを話し出した。すると、母は顔色を変え、訊いてきた。
「どんな人だった? 背は高かった?」
「分かんないよ。近くで見たわけじゃないんだから」
「あ……そうよね。今のは忘れてちょうだい」
その日以降、母は頻繁にスマートフォンを使い始めた。私が帰ってきたことに気づかない日もあった。明らかに様子がおかしかったが、何を言っても彼女は「大丈夫」と繰り返し、本気で心配になった私は父に相談した。
「今度、家族で集まって話そう」
自分の選択が間違いだったのか、真実を知らないまま生きていくことが良いことなのか、分からない。ただひとつ言えることは、秘密はいつかバレるということ。




