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近所を歩いていただけで冷たい視線を浴びせられ、ヒソヒソ声が妙に耳に入ってくる。次は何をされるのだろうと怯える日々。ストレスは溜まり続け学校は休みがちになった。失感情症と診断されたのもこの辺りだった。まともに学校へ通うようになったのは卒業までの約一年。変わらずいてくれた伊吹の存在は大きかった。
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全て語り終わった後、佐環はティーカップをテーブルに置いた。
「まずはありがとう話してくれて」
「いいよ。それより、君の気持ちは動いてくれた?」
「少し揺らいだぐらい。あなたの気持ちはちゃんと伝わったよ」
「そっか」
体の中で、何かが欠ける音がした。彼女の意思を変えることができなかったという、諦めの音だ。
「最後にこれだけ訊いてもいい? あなたが颯に味方する理由を。やっぱり、颯からも何かしらの恩を感じてるってこと?」
「そうだね。ついでに言っておくと、彼にも僕と似たような事情を抱えているんじゃないかって思ってる」
「どういうこと?」
「中学校の時、颯が転校してきたんだ。それで……」
——放っておけなかったんだ。本人は悪くないのに、なんでここまで言われなきゃいけないんだって——
彼の翳った顔とセリフがよぎった。
「それで?」
「あ、いや。僕をからかってくる同級生に対して怒ってくれたことがあったんだ。だから、もしかしたらそうだったんじゃないかって思ってる」
「なるほど……」
佐環は思案するように目線を斜め上に向けた。
まだ説得の余地はあるかもしれない。僕は畳みかける。
「本音を言うと、正しいかどうかより五人の輪を崩さないようにしたいんだ。誰も動かなければ何も起きない。これはただの自己保身じゃないということを分かって欲しかった」
「うん」
「もし君が通報するなら僕は止めない。でも、僕たちの関係は終わる」
「分かってる」
「だったら……」
「だから、今のまま動かないって決めた」
佐環は至って真剣で、嘘をついているように見えなかった。
「……ありがとう」
「うん。じゃあそろそろ帰ろっか。随分長居しちゃったし」
彼女は立ち上がって大きく伸びをする。
彼女が電車代としてカフェ代を出してくれたことに感謝を伝えたのを最後に、駅に着くまで一切会話を交わすことはなかった。
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テーブルの上でスマートフォンが振動した。その音で目を覚ます。間が空いて再び震えだした。アラームをかけた記憶はない。会社からの緊急の呼び出しだったらと考えるだけで体が動かなくなった。今日は『Anywhere』のライブへ行くため、数か月前から仕事量を調整して有給を取得したというのに。
鳴り止まない通知音を止めるべく、ベッドから起き上がった。スマートフォンのスイッチを入れた途端に嫌な予感がした。ディスプレイに表示されたのは知らない番号からの尋常ではない量の着信履歴だった。開いてさらに詳しく見る。その中に会社や同僚、両親、そして颯の名前が紛れ込んでいた。
緊急事態が起きたことは明白だった。しかもそれは僕が一番恐れていたこと。
——今すぐSNSを見ろ!
メッセージアプリに送られていた颯のひと言で全てを察した。あの事から十年が経過した今、起こってしまった。誰かが僕たちの情報をリークしたのだ。




