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昨日、彼女から直接連絡をもらった。「相談したいことがある」と、遠回しな言い方で。
ロータリーの入口が良く見える位置へ移動した。吹く風は穏やかで、空には雲ひとつない冬らしい天気だった。視覚障害者用の誘導チャイムが、規則的に鳴り響いている。そのリズムに合わせて、ここだけ時間がゆっくり流れているようだった。
約束の時間を少し過ぎた頃、見慣れた黒い車が交差点を曲がった。運転席から佐環が手を振り知らせる。真横に着くと、彼女は助手席を軽く叩いた。
「ありがとう。迎えに来てくれて」
僕はドアを開け、お礼を言った。
「ううん。こっちこそ、遅れてごめんね」
高級感のあるレザーシートに座る。ふたりきりで会うことなど滅多になく、大学時代にライブへ行ったぐらいだ。
「寒かったら勝手に調整していいからね」と、空調の調整パネルを触った。
「うん」
真横から見る彼女の顔はいつもと雰囲気が違っていた。
「もしかして急いできた?」
「え? なんで?」
「メイクしてないみたいだから」
「あぁ……、やっぱりバレちゃった。勝矢くんならいいかなって、手を抜いちゃった。あ、別に悪い意味じゃないからね。嗣乃と会う時もスッピンだし」
「分かってるよ。ところで、これからどこに行く予定?」
「喫茶店。なるべく広くて混みそうなお店選んでおいたから」
「うん。ありがとう」
「じゃあ出発するね」
僕たちを乗せた電気自動車は特有のモーター音と共に動き出した。
「あれ? この曲って」
乗車して数分後、耳を澄まさないといけないくらいの小さな音量で、『Anywhere』の楽曲が流れていることに気づく。スローテンポでしっとり歌いあげるバラードは何度リピートしたか分からない。
「今でも聴いてくれているんだね」
「もちろん。初めてライブに行った時からずっと追ってるよ」
大学時代の友人が組んでいたロックバンド『Anywhere』は、去年めでたくデビューした。知名度を爆発的に広めた『バイ』という曲は、僕自身ベーシストとして演奏したことがある。
彼らがインディーズだった頃は毎週欠かさずライブハウスへ通った。観客が僕を含め三人しかいない時もあった。デビューしてからはプロのミュージシャンとして遜色ない音楽を創っている。とても素晴らしいことだと思う。だけど、曲を聴いていて、たまに物足りなくなることもある。あの時の、若さゆえの無鉄砲さとエネルギーを惜しげなく発揮させたパフォーマンス。自分だけしか知らない『Anywhere』の良さ。過去へ戻ることの出来ない無常。
「音、大きくしていい?」
僕は窓の外を見たまま訊いた。
「いいよ。これくらい?」
「ありがとう」
車はショッピングモールやアミューズメント施設などが並び立つ通りを直進する。同じ田舎とは言え、僕の産まれ故郷より栄えていた。混雑する道路をスムーズに進んで行く。数年間の付き合いがあっても彼女が育った町のこと、友人や学校生活のことを、僕はまるで知らない。
赤信号で停車する。喫茶店に着くまで何も話さないつもりなのか、佐環は目線を前に固定したまま口を結んでいる。
「君は、白咲さんが加害者だという確信をどれくらい持ってる?」
曲が変わるタイミングを狙った。
「全く。本人が主張しているように、ひき逃げ犯でも同乗者でもないって思ってるよ」
「そっか。僕も同じ意見だよ」
犯人特定動画から一夜明け、SNSでは白咲氏本人が事件とは無関係であることを訴え続けている。
——P市内を通ったことは事実ですが、ひき逃げとは何の関係もありません。熊猫さんはどのような証拠を持って、私を犯人だと決めつけたのでしょうか? 皆目見当もつきません。また、嫌がらせの電話やメッセージが送られてきてとても迷惑しています。直ちにやめない場合、相応の対応をいたします。




