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「名前は白咲葉月。逃げた理由は……単純に怖くなったからと考えます。初めて起こした人身事故、恋人の存在、花の大学生活。パニックになっても不思議ではありません。そして、死亡したのは元少年であることを知り、ますます出頭する意思が弱まっていったことでしょう」
あまりにも肩透かしだった。全てを見抜いた気でいる彼の口から、「同乗者」や「飲酒」など肝心なワードがいつまで経っても出てこない。
同じことを思ったのか、誰かからメッセージが届いた。彼らには常に連絡が取れるようにと前もって伝えてある。
——全く違うこと言ってる。動画内で言ってた、当時白咲さんが乗ってたっていう車、調べたら軽自動車だった。それに色も薄い紫。さすがに見間違えないと思う。多分、ガセなんじゃないか。
走り去る車であったなら、紫か黒か判別できなかっただろう。しかし彼なら。全員が目撃者といえど、事件を間近で見たのも犯人たちの声を聞いたのもただひとり。僕は伊吹の意見を支持する旨の内容を送った。
一応、SNS上の反応をチェックする。荒れていることは想像できた。白咲氏の顔写真や通っている大学などの個人情報が既に流出していること以外は。
アニメキャラクターの等身大パネルの隣で笑っている女性の写真。ごく一般的な若者、という印象を持った。
——白咲葉月の通っている大学はFランの私立。
「熊猫パンダ」がタグ付けされた文面から、なんとなく私怨めいたものを感じた。「Fラン」というのは、主に合格率の高い大学を指す俗称として高校の担任が使っていた。彼女の情報を晒した投稿者のプロフィールへととんだ。投稿はこの一件のみ。捨てアカのようだ。
「なお、これらの推測はある人からの情報提供を受け調査した結果であります」
熊猫氏の話から推測するに、捨てアカの持ち主が関係しているのだろうか。
「以上が浮かび上がった疑惑となります。あくまで疑惑止まりであることを忘れないでください。あとは警察の仕事です。白咲さんが無実ならば簡単に証明されることでしょう。短いですが、これで終了となります。続報があればまた」
深く言及することなく、逃げるように配信を終わらせた。
熊猫氏の声が消え、室内は無音になった。
ベッドに倒れ込み、うつ伏せになる。
自分で言った。これからのことは動画を観てから決める、と。だけど、本当は答えなど出すつもりはなかった。それなのに、僕はどうなることを望んでいるのだろう。
見て見ぬフリを選択した罰として、そして白咲氏の名誉のため、仲間の制止を振り切ってでも彼女を守りたいのか。平穏でなくても、世間の目から隠れ続けられる生活を取るのか。
新着メッセージを知らせる通知音がひとつ。
——会って相談したいことがある。信頼できる人があなたしかいなくなった。
——いいよ。どこで会う?
——地元まで来てほしい。駅まで来てくれたら迎えに行く。
——分かった。
これからどうするべきかの決定権を持っているのは僕だけじゃない。
「無実なら簡単に証明できる」という熊猫氏の言葉を頭の中で反芻する。無実を証明することがどれほど難しいことか、当事者にしか分からない。
落ち合う場所はQ市から随分と離れた田舎の駅だった。ロータリーの中央では銀色のオブジェだけが存在感を放っている。三本の支柱は上へ伸びるほどらせん状に収束し、てっぺんの球体を支えていた。その手前にタクシーが二台だけ停まっている。佐環の車はまだ来ていない。




