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熊猫氏がある民家のチャイムを鳴らす。インターフォンから「はい」と短い返事があった。
「すみません、この辺で起きたひき逃げについて調査しているのですが」
「あー……。えっと、この前の刑事さん? それともどっかのテレビ局? 私は何も見ていませんよ」
「そのことについて。事故の瞬間は見ていなくとも、走り去る車などは見ていませんか?」
「さぁね、寝てたから」
「悲鳴も聞こえなかったのですか? 皆さん、事故があったなんて知らなかったと、同じことを言っています。それに、被害者が轢かれてから通報されるまで、かなり時間が空いていたという情報も出ています」
「……ここの住民は年寄りが多いから。若い人みたいに朝早く車で会社に行く習慣がないんだよ」
「単刀直入にお訊きます。ひき逃げ犯がこの町の住民であると思いますか?」
「ない。ないね」
「その根拠をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……」
「被害者が元少年、巴海沙だと知った時、あなたはどう思いましたか?」
「し……。知らなかった。だから、車に轢かれて亡くなるなんて気の毒だと思った」
「知らなかった、というのは?」
「……これ以上訊きたいのなら正式に許可を取って来てからにしてくれ。もう何も答える気はない」
「あ、すみません! まだお話が……。えー、全て聞き出すことはできませんでした。ここで終わらず、引き続きたくさんの情報を集めに行きたいと思います」
食い下がるかと思いきや素直に諦めた。過激すぎる取材でアカウントを削除された経験を踏まえたのだろう。次の民家へ向かっていた。
重罪といえど、ひき逃げ事件が大々的に報道されることは少ない。しかし、インターネットが浸透している今なら「元少年が死亡した」という一文だけで、多くの人が惹きつけられる。その証拠に、この動画のコメントは優に四桁を超えていた。
——皆同じことを言ってるって、カマかけてた。この人、やり方は強引だけど、もしかしたら犯人特定しちゃったりして。
——住民たちは多分、薄々何かを感づいているんだろうね。田舎ってやっぱ陰湿だわ。闇を感じる。
——最初にインタビューした人、「知らなかった」の前、「し」って言ってない? 本当は何かを言いかけてマズイと思って言い直したんじゃない?
ネットの世界は現実と違って肯定してくれる仲間がいる。熊猫氏はその光に縋ろうとしたのかもしれない。
テーブルの上でスマートフォンが振動した。伊吹からの返信だ。
——お疲れ。訊きたいことって何? あの事で何かあった?
——熊猫パンダって知ってるよね? 彼が犯人を特定したって主張してる。明後日に動画が公開されるみたいだ。
——まさか。
——信ぴょう性は低い。サムネを見る限り、ひとりだけだと思っているみたい。とは言え、動画内で同乗者がいたことに触れる可能性も捨てきれない。
既読を表すチェックマークはすぐに付けられた。その反面、トーク画面は動かないまま。彼の動揺がこの沈黙を通して伝わってくる。
——特定されたのが無実の人かもしれないってことだよね?
僕もまた、返信に時間がかかった。電気ストーブは下半身を温めるばかりだから、指先がかじかんでしまったのだ。
——うん。他の三人にも同じことを伝えるつもり。伊吹に訊きたいことは周囲で怪しいことはなかったか。例えば、嫌がらせのような電話やSNSで絡まれたとか。財布落としたって言ってたでしょ? 繋がるとしたら、それがきっかけになったかもしれない。
——今のところないよ。ごめん、足引っ張っちゃって。
——責めてる訳じゃない。全くもって。もしあったなら、五人で口裏を合わせておいた方が最善だと思ったんだ。
——うん。
——何かあったらすぐに連絡して。僕は君の味方だから。いつだってそうだったように。
——ありがとう、勝矢。




