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「もしいいところがなかったら、紹介するよ! 今人手不足で大変なんだ。だけど、賄いが出るところは嬉しいかな」
「分かった、覚えとくね」
「うん。さて、それじゃ行こうか」
伊吹はトレーを持ち上げ促した。
伊吹が根掘り葉掘り訊いてくる人でなくて良かった。私の本性を知ったら、多分彼は私のことを軽蔑するだろうから、つかず離れず付き合っていくのがベストだ。
ミュージカルが終わって劇場から外に出ると、周りの商店街の眩しすぎる明かりが目に入った。昼間と比べ行き交う人の多さを見て、今日が金曜日であったことを思い出した。透明なカーテンの仕切りの先にスーツ姿の男女が騒いでいる。酒を飲んで暑くなったのか、上着を脱いでいる客もいた。昼よりさらに冷えてきているというのに。
「嗣乃、今日はありがとうね! とっても楽しかった」
数歩進んだところで、伊吹が立ち止まって言った。
「今注目されてる、新進気鋭の劇団のミュージカルを観られたなんてラッキーだよ」
「うん、期待以上だったね」
伊吹も私も、心から満足したように笑う。演者たちは私たちと同じくらいの年齢か、それより少し上。それなのに何もかもが違っていた。もうエネルギーを残す必要なんてないと言わんばかりの、全力のパフォーマンスは圧巻だった。
「バイトが憂鬱だったけど、これで頑張れるよ」
「バイトってこれから?」
「そう、ここから反対側にある居酒屋で働いてるんだ」
「そうだったんだ。ごめんね、なんか無理に誘ったみたいで……」
「いやいや、全然! 嗣乃のおかげでいい日になったよ」
伊吹は両手を体の前で振る。
「ありがとう。……じゃあ、行くね。アルバイト頑張って」
ふくらはぎあたりが冷たくなってきている。そろそろ暖かいところへ入りたくて、私は別れを切り出そうとした。すると、「あ、あの!」と雑踏にかき消されそうな声量で引き留めてきた。
「……あ、あの、また俺と会ってくれる?」
「もちろん」
「よかった! 今度は友だちを連れてくるよ。みんなでご飯にでも行こう」
「うん。それじゃ」
「じゃあね!」
私は振り返ることなく駅へと歩き出す。ポケットから取り出したワイヤレスイヤホン付け、お気に入りのミュージカル音楽が入っているプレイリストを再生した。が、「ピコン」とサビに到達する寸前、通知音が鳴った。マッチングアプリのアイコンと共に「新着メッセージがあります」の通知バナー。開くと、今晩会う予定だった男性からのメッセージだった。
——マリアちゃん。どうしてドタキャンなんてしたの。もうこんなことしないって約束してほしい。とにかく連絡して。
返事はしなかった。他の男性より報酬がいいから会っていたけど、嫉妬深い本性が見えてきて、これ以上は付き合いたくなかった。私たちの間に情はいらない。
次に伊吹と会う日は遠くなかった。サークルの演劇発表会で再会し、その流れで食事へ行くことになった。場所は伊吹が薦めた中華料理店。そこで私は佐環を紹介し、彼は勝矢を紹介した。勝矢の第一印象はヒョロヒョロした体形で物静かな人。伊吹とは幼馴染のような関係で、小学校から大学まで同じらしい。
「私たち演劇サークルに入ってるんだけど、勝矢くんはどこか入ってる?」
佐環が冷水を片手に持ったまま訊く。
「どこにも。学業とバイトで精一杯だよ」
「勝矢、こう見えてもベースが弾けるんだ。インディーズバンドのサポートメンバーとしてたまにステージ立って演奏してるけど、別人かって思うくらい」
伊吹が横から入り込む。勝矢の表情は変わらない。恥ずかしいことでも、秘密にしておきたいことでもなさそうだ。
「へぇー! なんて名前のバンドなの?」
佐環は興味津々といった顔をしている。




