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Rabbit-foot  作者: 広井新
2. No penny, No pardon. ——古味山嗣乃——
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12

「もしいいところがなかったら、紹介するよ! 今人手不足で大変なんだ。だけど、賄いが出るところは嬉しいかな」

「分かった、覚えとくね」

「うん。さて、それじゃ行こうか」

 伊吹はトレーを持ち上げ促した。

 伊吹が根掘り葉掘り訊いてくる人でなくて良かった。私の本性を知ったら、多分彼は私のことを軽蔑するだろうから、つかず離れず付き合っていくのがベストだ。

 ミュージカルが終わって劇場から外に出ると、周りの商店街の眩しすぎる明かりが目に入った。昼間と比べ行き交う人の多さを見て、今日が金曜日であったことを思い出した。透明なカーテンの仕切りの先にスーツ姿の男女が騒いでいる。酒を飲んで暑くなったのか、上着を脱いでいる客もいた。昼よりさらに冷えてきているというのに。

「嗣乃、今日はありがとうね! とっても楽しかった」

 数歩進んだところで、伊吹が立ち止まって言った。

「今注目されてる、新進気鋭の劇団のミュージカルを観られたなんてラッキーだよ」

「うん、期待以上だったね」

 伊吹も私も、心から満足したように笑う。演者たちは私たちと同じくらいの年齢か、それより少し上。それなのに何もかもが違っていた。もうエネルギーを残す必要なんてないと言わんばかりの、全力のパフォーマンスは圧巻だった。

「バイトが憂鬱だったけど、これで頑張れるよ」

「バイトってこれから?」

「そう、ここから反対側にある居酒屋で働いてるんだ」

「そうだったんだ。ごめんね、なんか無理に誘ったみたいで……」

「いやいや、全然! 嗣乃のおかげでいい日になったよ」

 伊吹は両手を体の前で振る。

「ありがとう。……じゃあ、行くね。アルバイト頑張って」

 ふくらはぎあたりが冷たくなってきている。そろそろ暖かいところへ入りたくて、私は別れを切り出そうとした。すると、「あ、あの!」と雑踏にかき消されそうな声量で引き留めてきた。

「……あ、あの、また俺と会ってくれる?」

「もちろん」

「よかった! 今度は友だちを連れてくるよ。みんなでご飯にでも行こう」

「うん。それじゃ」

「じゃあね!」

 私は振り返ることなく駅へと歩き出す。ポケットから取り出したワイヤレスイヤホン付け、お気に入りのミュージカル音楽が入っているプレイリストを再生した。が、「ピコン」とサビに到達する寸前、通知音が鳴った。マッチングアプリのアイコンと共に「新着メッセージがあります」の通知バナー。開くと、今晩会う予定だった男性からのメッセージだった。

 ——マリアちゃん。どうしてドタキャンなんてしたの。もうこんなことしないって約束してほしい。とにかく連絡して。

 返事はしなかった。他の男性より報酬がいいから会っていたけど、嫉妬深い本性が見えてきて、これ以上は付き合いたくなかった。私たちの間に情はいらない。

 次に伊吹と会う日は遠くなかった。サークルの演劇発表会で再会し、その流れで食事へ行くことになった。場所は伊吹が薦めた中華料理店。そこで私は佐環を紹介し、彼は勝矢を紹介した。勝矢の第一印象はヒョロヒョロした体形で物静かな人。伊吹とは幼馴染のような関係で、小学校から大学まで同じらしい。

「私たち演劇サークルに入ってるんだけど、勝矢くんはどこか入ってる?」

 佐環が冷水を片手に持ったまま訊く。

「どこにも。学業とバイトで精一杯だよ」

「勝矢、こう見えてもベースが弾けるんだ。インディーズバンドのサポートメンバーとしてたまにステージ立って演奏してるけど、別人かって思うくらい」

 伊吹が横から入り込む。勝矢の表情は変わらない。恥ずかしいことでも、秘密にしておきたいことでもなさそうだ。

「へぇー! なんて名前のバンドなの?」

 佐環は興味津々といった顔をしている。

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