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伊吹とは学部が違うためサークル活動以外では滅多に会わない。これも何かの縁。ついでに彼をミュージカルに誘おうと思った。それに、彼がオッケーしてくれれば彼との約束を断る理由が作れる。
私はきつねうどんを、伊吹は天ぷらうどんを頼んだ。鰹節の香ばしい匂いとやや濃い味付けのつゆをすすりながら世間話をした。
「嗣乃は何で演劇サークルに入ろうと思ったの?」
「友だちから誘われたから、かな」
「へぇー。もしかして、同じ高校だった子?」
「うん。伊吹はシェイクスピアが好きだから?」
私は目線をシャツに向ける。
「あぁ、バレてた?」
彼は「to be or not to be」とプリントされたシャツの裾を引っ張った。
「小学校にプロの劇団が来てくれたことがあってさ。作品名は忘れちゃったけど、役者さんたちの演技と歌がすごくって。心を鷲掴みにされたっていうのかな。お年玉を貯めて観にいくぐらいになったんだ。その時観たのがシェイクスピアだったかな。サークルに入ったのだって、演じたいというより演技を観たくて入ったんだ。夢はアメリカ本場のミュージカルを観ることで……って、ごめん。語り過ぎちゃったね」
箸を持ったまま息継ぎする間もなく言った。伊吹がそこまで没頭していたとは意外だった。
「大丈夫。本当に好きなんだなってことが伝わってきた。ところで、話は変わるけど、この後ミュージカル観にいかない? チケット余っちゃってさ……」
「ゲホッ」
最後まで言い終える前に、伊吹は飲んでいた水を吹き出した。
「ご、ごめん。びっくりしちゃって」
彼は慌ててテーブルに置いてある紙ナプキンを数枚とって、トレーの上を拭く。そして咳ばらいをしてひと呼吸ついた。
「えっと、一緒に行かないかって話だよね? いいの、僕なんかで?」
「もちろん。ひとりだと寂しいし」
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、どうしようかな……」
「何が?」
「いや、結構当たり外れあるから。俺、行く前に評価を読んで行く性格なんだよね」
「気持ちは分かる。けど今回は騙されたと思って行ってみようよ! 損はさせないから」
「うーん……そこまで言うなら行こうかな。ありがとう、否定しないでいてくれて。嗣乃はいい人だね」
「いい人だなんて……。そんなことないよ」
私はぬるくなったつゆの中に大量の七味を振りかける。表面に敷き詰められた粉を見て伊吹が「辛いの好きなの?」と訊いてきた。
「これは少し前に……。お母さんが七味とかタバスコとか好きだったから、その影響」
「なるほどね。じゃあ今度ラーメン食べ行こうよ。お礼も兼ねて。結構辛いけど、めちゃくちゃ美味しいんだ」
「うん、連れてって」
つゆをひと口飲んだだけでむせそうになった。辛い料理は得意でない。最近マッチングで知り合った男性は何にでも七味やチリソースをかけて食べるから、慣れるために食べているだけだ。
伊吹は食べ終わったのか、両手を合わせ「ご馳走様」と小さく呟く。
「ふー、お腹一杯。あ、俺のことは気にせずゆっくり食べていいからね」
「うん。ありがとう」
私の椀にはまだ半分ほど麺が残っている。
伊吹はスマートフォンを触りだした。
彼はいい人だと思った。まだ表面的な会話しか交わしていないけれど、佐環のように友だちになれる、と。だからなのか、異性として興味を惹かれるようなことはなかった。
「ごちそうさま。お腹いっぱいになっちゃった」
蓮華をつゆの中へ入れる。底に溜まっていた七味の粉が舞ってすぐに沈んだ。
「ちょっと早いけど出る?」
「うん。そうだね。えっと最寄り駅は……」
「芋北川が一番近いかな」
「へぇー! この劇場、芋北川にあるのか。知らなかった!」
「家の近く?」
「いや、バイト先の最寄り駅。ちょうどよかったー。制服持ってきて正解だった! 何だか今日ツイてるなぁ、怖いくらいに」
伊吹は上機嫌にリュックをパンと軽く叩く。
「そう言えば、嗣乃ってバイトしてるんだっけ?」
「いや、まだ何も……」
「そっか。まぁ、まだ大学入って一年目だしね。何のバイトするか迷ってる感じ?」
「うん、まぁ……」




