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両膝を床にぶつけた。彼はお構いないに、今度は強引に唇を奪ってきた。鍛えられた筋力に締め付けられる。後頭部や背中を手で押さえられ、身動きが取れなかった。
怖い——。
身動きが取れなかった。意志は恐怖に支配されていた。
先輩のゴツゴツした手が私の服を剥がしていって、彼の欲望を満たすためだけにこの体は使われているのだと瞬時に理解した。
押し倒され、畳の表面を間近な距離で見る。そこには幾つものシミがあった。
きっと、私だけじゃないんだ。
なんで、先輩は私を選んだのだろう。簡単に犯せると思ったから? 処女だと知ったから? 単純に誰でもよかった?
骨が折れそうなくらいの力で手首を掴まれ、体を揺らされている間、そんな事を考えていた。
「誰にも言うなよ? 動画、撮ってあるからな」
全てを終えた後、先輩は言い放った。明らかな脅迫だった。確たる証拠はなかったのに、その言葉を鵜呑みにしてしまうほどパニックになっていた。
胸の部分を片手で押さえ、部室を飛び出した。行く宛もなく息を切らして階段を上がり、駆け込んだのは夕焼け色の教室。
教壇に座りうずくまる。膝や背中、心臓が痛い。あれだけ怖い思いをしていながら、不思議と涙は流れなかった。処女を喪失した今、「想像と違った」とさえ思い始めた。
私は普通の人間じゃないんだ。この体は欲望を拒むようにできていないのだと、自覚が芽生えた。よく考えてみれば、あの両親からまともな子供が産まれる訳がない。その証拠に生理が来た。生理不順のくせに、こういう時にはしっかりくる。皮肉な感じがした。
転校するまでの間、あの先輩とは一回きり、何の音沙汰もなくなった。もしあの時、先輩のところへ行かなかったとしたら……。どのみち、私は体を売ってお金をもらうことが悪いことだと思わなくなった。
父の家に引っ越したのは中学二年に上がるタイミングだった。次の家は閑静な住宅街にある一戸建て住宅。私を強引に引き取った理由について、この家を見てすぐに察しがついた。
「今日から俺の再婚相手と子どもたちとで生活してもらうから。留守にしている間コイツたちの面倒とついでに飯もよろしく」
台本のセリフを丸暗記したかのように、父は自然と口にした。新しい母親も「嗣乃ちゃんよね? これからよろしく」と平然と笑ってみせた。鳥肌が立った。高校進学は諦めて、一刻も早くここを出なければ。しかし、その気持を緩やかにしたのは義理の妹たちだった。
小学生の妹たちはよく懐いてくれた。ご飯を作ればひと粒も残さず食べてくれるし、言いつけをしっかり守ってくれる。良い両親に恵まれなかったところが自分と似ていた。
それでもストレスは溜まり続けた。受験勉強も重なり、つい魔が差してしまった。
スーパーのタイムセールが始まる時間。カゴを持って菓子コーナーをうろつく。子どもは菓子を選ぶのに夢中だ。レジは混みだし、客の興味は値引きされたお惣菜コーナーにある。
今ならバレない。
しゃがみ込み、スクールバッグを前面に持ってくる。手元が監視カメラに映らないよう上半身を棚へ傾けた。そして、ラムネの入った細長い水色のプラスチック容器をチャックの隙間に押し込んだ。
大丈夫、大丈夫——。
もう一本同じ菓子を、今度はカゴに入れた。
セルフレジで、丁寧に夕食の材料をスキャンしていく。これが最後のチャンスだ。ラムネを二回スキャンすれば言い逃れられる。だけど、スキャンしなくても問題なく出られる可能性はある。
この泥沼のような毎日に、黙って溺れていくのはイヤだ。
「会計」ボタンを押し、ラムネ一本分を除いた金額を精算。スーパーの自動ドアを通った。駐輪場まで来て初めて振り返る。誰も私を追ってこない。
成功したんだ。




