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「まだまだ先」と、とっさに嘘をついた。本来なら、彼女と一緒の駅で降りて乗り換えるはずだった。
この件はみんなに黙っておいた方がいい。ことがややこしくならないように。
時効成立は目の前に迫っていた。ついにP市死亡ひき逃げ事件から十年が経過しようとしている。
佐環の懸念通り、熊猫パンダが無実の人を犯人とでっち上げひと悶着あったが、それも昔のこと。世間から忘れられた事件のひとつと言っていい。
初めての転職に踏み切ったのは、それが理由だった。時効が来れば二年ごとの集まりも終わる。自分の中でひと区切りをつけるタイミングであった。
転職サイトに登録してからスカウトメールが毎日来る。三十代での転職はリスクが大きいと思っていたが、業種を選ばなければ引く手あまただ。
昼休みに入りメールをチェックしていたところ、第一志望の会社から返信が来たことに気づいた。これで一応スタートラインに立てた。
「耳塚さん、来月末で辞めてしまうんですよね?」
隣に座っている後輩が伸びをしながら訊いた。
「うん。残り二週間は有給を取る予定」
「次、決まっているんでしたっけ?」
「いいや。けど、何社か面接予定が入ってるから。順調と言えば順調だな」
「いいなぁ。俺も転職しようかな」
「そしたら例の彼女と離れ離れになっちゃうけど、いいの?」
「んー別にって感じですね。なんか、マンネリって言うんですかね? 向こうも興味なくなっているみたいだし、そろそろ切れてもいいかなって思ってます。次は年上の女性とも付き合いたいし、思い切って職場を変えるのもアリかも」
「何だっていいけど、ほどほどにしておけよ」
「分かってますよ。不倫は、背徳とスリルを楽しむものなんですから」
「あぁそう……」
何故か誇らしげに語る後輩に対して呆れてしまった。
見た目は真面目そうな好青年なのに、裏では女性をとっかえひっかえして遊んでいる。それが俺にバレると「誰にも言わないと約束してください」なんて、頭を下げられて頼まれた。元々言いふらすつもりはない。俺も誰にも言えない秘密を抱えているのだから。
俺たちだけじゃない。どれだけの人々が、秘密を抱え生きている?
この瞬間も、笑いながら仲間たちと日常を過ごしているのだから。俺たちの秘密など小さなものだ。
コンビニで買ったパンの袋を開け、応募した企業の求人を読む。給料の高さに希望を抱きながら、念願だった引越しについても考え始めた。ずっとひとりで暮らしていたためそれなりの蓄えはある。ここまで来たら独身を貫いて、家賃を少し上げて広い物件に住んでみたい。そしたら、趣味のレトロゲーム集めも捗る。
膨らむ妄想を破ったのは、カメラのシャッター音だった。二、三回連続して聞こえてきた。「おい、よせ!」と誰かの声。気になって辺りを見渡すも、すぐにスマートフォンに目を落とした。そこに映っているのが自分だとは思いもせず、ただ呑気にパンを食べていた。
状況が一変したのはその日の夜だった。ワンルームの賃貸マンションへ帰ってまずやることは、あの事の調査だ。調査と言っても、ネットでエゴサをすることしか出来ることがない。だけど、犯人たちがどうなったのかを真っ先に知りたい。これをするのは、人目を気にせずできる出勤前か帰宅後の時間のみだ。
ほぼ毎日続けているが、めぼしい情報は得られていない。今日も空振りのまま終わる。そう思ってスマートフォンを開くと、同期五人が入っているグループチャットに佐環や颯から大量のメッセージが送られていた。
——ねぇ、ヤバいよ! なんで私たちの情報がネット上にバラまかれてるの⁉
——俺たちしか知らない情報もある。ってことは、この五人の誰かが裏切った。そういうことだろ。
——何で今更⁉
——金のためだろ。マッチポンプの要領で収入を得るためだよ。だとしたら、嗣乃か伊吹のどっちかだな。
俺たちの情報? 裏切り者? 一体何が起こっているんだ。




