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颯が同意を求めると、全員が了承した。あの事——俺たちが目撃したひき逃げ事件——について、もうこれ以上考えたくないと言った具合だった。
各々、冷めた食事を食べ始めた。俺が頼んだパンケーキは、上に乗ったアイスクリームが溶けて原形を留めていなかった。メイプルシロップで味付けしなくとも、生地は甘味を吸っている。佐環と嗣乃はドリンクバーのみ注文したが、コーヒーを一杯飲んだだけでその場を動こうとしなかった。
しかし、五分も経たないうちに手が止まる。頼んだ食事を残し重く口を閉ざしていた。
浅くなっていた呼吸を整える。早く日常に戻りたかった。たかがひき逃げ事件。すぐに解決するだろうと誰もが思っていた。
次第に昼のピーク時間が近づき、作業着を着た会社員らしき人や子連れの母親たちが席の順番を待ち始めていた。
「そろそろ行こう。人が多くなってきた」
甘すぎたパンケーキを半分残し、フォークとナイフを置く。
「次の目的地は俺のマンションでいいよね? そこで、カメラのデータを消す。確認できたら解散ってことで」
嗣乃が口を拭った。
「オッケー。伊吹んとこまで、あと少しだ。頑張ろう。あ、だけど、財布。本当に諦めていいの?」
颯が訊いた。
今事故現場に戻ったら変な疑いをかけられてしまうかもしれない。それならいっそ「知らない」としらを切ろう。
「大丈夫。キャッシュカードと免許証を作り直せばいいだけだから」
「うーん。ま、それもそうか」
俺は勝矢にお礼を言って外に出た。目の前の道路は車が途切れず、排ガスを巻き上げる。
「さあ、行くか」
颯はシートベルトを締めた。
車窓から見える秋晴れの爽やかな土曜日の空はどこまでも青かった。
『痛み無くして、得るものはない』という格言を胸に、俺たちはP市を脱出した。身軽になりたくて、僅かな罪悪感と倫理観を、砂浜に埋めて。
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これが、俺の知っている事故直後の出来事の全てだ。ファミレスを出てマンションへ移動し、アクションカメラのデータの消去を確認した。だから、ネズミがあの映像を持っていたなんて想定外だった。
被害者があの巴海沙だったと発表があってから、SNSは大荒れだ。「自業自得」「同情できない」「運転手は加害者ではなく被害者」とか、ここぞとばかり好き勝手言われていた。それを見て、あの時の判断は間違っていなかったと確信できた。もちろん、反対する意見もあった。けれど、彼らには話題性さえあれば正義か悪かなんて関係ないんだ。その代表が熊猫パンダとそのフォロワーたちだ。
▽▲
ベースのリズムが小刻みに響く廊下を歩き、すりガラスの扉をノックした。
「はい」
返事を聞き、覗き見るように開けた。勝矢と目が合う。そこで俺はようやく胸を撫で下ろした。
「久しぶり……。颯も」
勝矢の対角線に座る彼へ目を向けると「おう」と、日焼けした腕を上げた。
P市ひき逃げ死亡事件から丸二年が経過した今日。再び集まり、それぞれの意思を確認する。場所をカラオケ店に指定したのは颯だった。人目を気にせず会話できるから、と。
「女子ふたりはまだ?」
「あぁ。佐環は少し遅れるって連絡あった。嗣乃からは……って、読んですらねぇな」
颯は露骨に顔をしかめた。
「大丈夫だよ。そのうち来るって」
俺は勝矢の隣に座る。相変わらず色白で、容姿の変化はほとんどない。颯の方は、学生時代よりさらに大人びて見えた。就職先は大手企業の営業職。この数年、もまれにもまれてきたのだろう。
「仕事はどう? 順調?」
「まぁな」
颯は短く応え、それきり口を閉ざした。
「勝矢は?」
「可もなく不可もなく。伊吹は?」
「似たようなものかな」
勝矢は「そっか」と最低限の相づちを打った。




