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第9話 大臣との面会 ー 思いがけない問い

 会議室に入った瞬間、空気が変質した。


ただ広いだけの部屋ではない。

壁に並ぶ吸音材、

窓を完全に塞ぐ重厚な遮光板、

そして中央に置かれた長卓――

情報が漏れない空間を作るためのすべてが揃っていた。


その中心に、防衛大臣・田坂叡一が静かに立っていた。


年齢は五十代半ば。

柔らかな雰囲気を帯びながらも、

目の奥には政治家特有の“硬質な光”が宿っている。


敵にも味方にも、同じ目を向ける男。


「来てくれてありがとう、南條二尉」


声は穏やかだった。

だがその穏やかさがかえって警戒心を煽った。


促されるまま椅子に座ると、田坂は向かいに腰を下ろした。


「まずは……生きていてくれて、本当に良かった」


形式的な慰労の言葉――

のはずなのに、田坂の声にはわずかな震えがあった。

それは政治家の作る“演技”ではない、人間の響きだった。


南條は息を吸い、背筋を伸ばした。


田坂は資料を一枚取り上げ、視線を落とさずに続けた。


「君の撃墜時の記録は、私も何度も確認した。

脱出操作の痕跡はなく、機体は完全に爆散。

通常なら、生存の可能性は……限りなくゼロに近い」


空気が沈む。

その沈黙を破るように、田坂は低く訊いた。


「――南條君。あの瞬間、何が起きた?」


鋭い眼差し。

責めてはいない。

だが、逃さない。


(言えば……俺はどうなる?)


胸の奥で、白い光がまた揺らめく。

耳の奥の“声”がかすかに蘇る。


田坂はわずかに身を乗り出した。


「これは責任追及の場ではない。

君を危険人物扱いするつもりもない。

ただ――真実を知りたいんだ」


その言葉は確かに真摯だった。

だが政治家の言葉は、常に“複数の意味”を持つ。


南條は、迷った。


(言うべきじゃない。言ったら……終わりだ)

(でも……)


苦しみを押し殺すように、

南條はポケットから一本のペンを取り出し、

テーブルに置いた。


田坂の目がわずかに動く。


「……大臣。

俺は……何か、おかしくなっています」


唇が震えていた。

南條は深く息を吸い込み、意識を一点に集中させる。


――動け。


空気が静まり返る。

照明の微かな電流音さえ止まったように感じた。


次の瞬間。

ペンは音もなく、10センチ先へ移動した。


田坂が息を呑む。

目が見開かれたまま、瞬きすら忘れていた。


数秒――

壁時計の進む音が、やけに大きく聞こえる。

やがて、田坂はゆっくりと息を吐いた。

驚愕、恐怖、警戒――

それらを無理やり押し込んで、落ち着いた声を作る。


「……南條君」


重く、深い声音だった。


「君は――なぜパイロットになった?」


唐突すぎる問い。

南條は思わず顔を上げた。


「なぜ……ですか?」


田坂はうなずく。


南條はしばらく言葉を失い、それからゆっくりと答えた。


「……誰かが、空を守らなきゃいけないと思ったからです」


田坂は静かに聞いている。


「空が破られたら、日本は終わる。


だから……誰かが行かないと。

そう思ったんです」


語りながら、胸に熱が込み上げた。

その“覚悟”は、今も変わっていない。


「空は誰でも行ける場所ではない。

覚悟を持った人間だけがそこに行ける。

――特別なところですから」


田坂は深く頷いた。


「いい話だな。

――その覚悟が聞けて良かった」


そして、はっきりと言った。


「私は君を守る」


南條は思わず息を呑む。


その言葉に嘘はなかった。

だが同時に、それは“国家が君を必要としている”という宣言でもあった。


田坂は言葉を続ける。


「この力が何なのか、伸びていくのか、まだ何も分からない。

だが君は危険人物ではない。

むしろ国家が守るべき存在だ」


“守る”――その優しい言葉の裏に、“囲い込む”という影が見え隠れする。


「……俺は、これからどうなるんですか」


南條の声は震えていた。


田坂は正面からその震えを受け止めた。


「これから考える。

必ず最善の環境を用意する。

君のためにも、日本のためにも」


そして立ち上がり、南條に向けて手を伸ばした。


「今日はここまでだ。

行き先が決まり次第、必ず知らせる」


その握手は温かい。


だがその温もりは――

一度掴まれたら逃れられない“国家”という掌の温度だった。


お読みいただきありがとうございました。

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