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第70話 乗員選定 ー バディの覚悟

翌朝。

《あまぎ》の船内は、いつもより静かだった。


深海潜航の許可が下りるかどうか――

その一点に、全員の意識が縛られていた。


誠は通路を歩きながら、胸の奥のざらつきを確かめた。


(……まだ揺れる)


深海の“線”は昨日より不安定だった。

急がなければならない。しかし、許可が下りるまでは動けない。



午前九時。

会議室に三枝主任、榊原室長、高科、高木、そして誠が集まった。


榊原が口を開く。


「官邸はまだ審議中だ。

 だが、潜航の必要性は理解されつつある。

 決裁は今日中に下りる可能性が高い」


三枝主任が頷く。


「では、許可が下りた場合に備えて――

 《しおなぎ》の乗員を正式に決めておく」


室内の空気がわずかに張り詰めた。


高科が手を挙げる。


「パイロットは私が担当します。

 深度六千はなかなか厳しいですが、操縦経験は十分です」


三枝主任が誠を見る。


「南雲さん。

 あなたは必須だ。

 再設定はあなた自身が深海で行うしかない」


誠は静かに頷いた。


「はい」


残る席は一つ。


全員の視線が自然と高木に向いた。


高木は背筋を伸ばし、言った。


「……私が行きます」


榊原が確認する。


「高木さん。

 深海は危険だ。

 あなたは、潜航に強い恐怖を感じると聞いていたが」


高木は一瞬だけ視線を落とし、しかしすぐに顔を上げた。


「怖いです。

 でも、誠さんの“線”を補助できるのは私だけです。

 私が行かなければ、再設定は成功しません」


誠は驚いたように高木を見た。


「由理さん……」


三枝主任が短く言う。


「異論はない。

 乗員は――

 南雲、高木、高科の三名とする」


正式に決まった。



会議が終わり、誠は格納庫へ向かった。

《しおなぎ》の周囲では整備員たちが黙々と作業を続けている。


高科が潜水艇の外殻を叩きながら言う。


「外殻、耐圧ガラス、姿勢制御……

 全部、深度六千仕様で再点検中だ。

 許可が下りれば、すぐに潜れる」


誠は潜水艇を見上げた。

オレンジに塗られた船体に白で船名が書かれている。


(……これに乗るのか)


深海六千。

一度潜れば、簡単には戻れない。


そのとき、背後から足音がした。


「誠さん」


高木だった。


誠は振り返る。


「由理さん……本当に行くつもりなんだな」


高木は小さく息を吸い、言った。


「はい。

 怖いですけど。

 深海は、落ちていくみたいで……息が苦しくなる」


誠は黙って聞いた。


「でも……誠さんが行くなら、私も行きます。

 誠さんの“線”が揺れているなら、なおさらです」


誠は目を伏せた。


「無理はしなくていい。

 俺のために危険を背負う必要は――」


「あります」


高木は遮った。


「誠さんがいなければ、この作業は続けられません。

 誠さんが壊れたら……全部終わりです。

 だから、私は行きます」


誠は言葉を失った。


高木は続けた。


「怖いけど……覚悟はできています」


誠はゆっくりと頷いた。


「……ありがとう」


高木は微笑んだ。


「許可、早く下りるといいですね」


誠は深海の“線”を感じようと目を閉じた。


(……揺れが強くなってきた)


時間がない。



午後二時。


スピーカーが鳴った。


『三枝主任、榊原室長。

 官邸より通信です』


高木が息を呑む。


「……ついに」


誠は目を開けた。


(――来た)


許可が下りるのか。

それとも却下されるのか。


全員が会議室へ向かう足を速めた。



空想科学ジャンル日刊1位(8月6日)ありがとうございます!

この回もお読みいただきありがとうございました!

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