第70話 乗員選定 ー バディの覚悟
翌朝。
《あまぎ》の船内は、いつもより静かだった。
深海潜航の許可が下りるかどうか――
その一点に、全員の意識が縛られていた。
誠は通路を歩きながら、胸の奥のざらつきを確かめた。
(……まだ揺れる)
深海の“線”は昨日より不安定だった。
急がなければならない。しかし、許可が下りるまでは動けない。
◆
午前九時。
会議室に三枝主任、榊原室長、高科、高木、そして誠が集まった。
榊原が口を開く。
「官邸はまだ審議中だ。
だが、潜航の必要性は理解されつつある。
決裁は今日中に下りる可能性が高い」
三枝主任が頷く。
「では、許可が下りた場合に備えて――
《しおなぎ》の乗員を正式に決めておく」
室内の空気がわずかに張り詰めた。
高科が手を挙げる。
「パイロットは私が担当します。
深度六千はなかなか厳しいですが、操縦経験は十分です」
三枝主任が誠を見る。
「南雲さん。
あなたは必須だ。
再設定はあなた自身が深海で行うしかない」
誠は静かに頷いた。
「はい」
残る席は一つ。
全員の視線が自然と高木に向いた。
高木は背筋を伸ばし、言った。
「……私が行きます」
榊原が確認する。
「高木さん。
深海は危険だ。
あなたは、潜航に強い恐怖を感じると聞いていたが」
高木は一瞬だけ視線を落とし、しかしすぐに顔を上げた。
「怖いです。
でも、誠さんの“線”を補助できるのは私だけです。
私が行かなければ、再設定は成功しません」
誠は驚いたように高木を見た。
「由理さん……」
三枝主任が短く言う。
「異論はない。
乗員は――
南雲、高木、高科の三名とする」
正式に決まった。
◆
会議が終わり、誠は格納庫へ向かった。
《しおなぎ》の周囲では整備員たちが黙々と作業を続けている。
高科が潜水艇の外殻を叩きながら言う。
「外殻、耐圧ガラス、姿勢制御……
全部、深度六千仕様で再点検中だ。
許可が下りれば、すぐに潜れる」
誠は潜水艇を見上げた。
オレンジに塗られた船体に白で船名が書かれている。
(……これに乗るのか)
深海六千。
一度潜れば、簡単には戻れない。
そのとき、背後から足音がした。
「誠さん」
高木だった。
誠は振り返る。
「由理さん……本当に行くつもりなんだな」
高木は小さく息を吸い、言った。
「はい。
怖いですけど。
深海は、落ちていくみたいで……息が苦しくなる」
誠は黙って聞いた。
「でも……誠さんが行くなら、私も行きます。
誠さんの“線”が揺れているなら、なおさらです」
誠は目を伏せた。
「無理はしなくていい。
俺のために危険を背負う必要は――」
「あります」
高木は遮った。
「誠さんがいなければ、この作業は続けられません。
誠さんが壊れたら……全部終わりです。
だから、私は行きます」
誠は言葉を失った。
高木は続けた。
「怖いけど……覚悟はできています」
誠はゆっくりと頷いた。
「……ありがとう」
高木は微笑んだ。
「許可、早く下りるといいですね」
誠は深海の“線”を感じようと目を閉じた。
(……揺れが強くなってきた)
時間がない。
◆
午後二時。
スピーカーが鳴った。
『三枝主任、榊原室長。
官邸より通信です』
高木が息を呑む。
「……ついに」
誠は目を開けた。
(――来た)
許可が下りるのか。
それとも却下されるのか。
全員が会議室へ向かう足を速めた。
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