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第69話 異常信号 ー 処理データの混線

医務室に運ばれた誠は、ベッドに腰を下ろした瞬間、深く息を吐いた。


(……視界が揺れる)


深海の“線”が細かく震え、焦点が合わない。

胸の奥のざらつきも消えず、呼吸が浅い。


高木が心配そうに覗き込む。


「誠さん……本当に大丈夫ですか?」


「……少し、変なんだ。線が……ぶれる」


白石医師が脈を測り、ライトで瞳孔を確認した。


「南雲さん、いつからその症状が?」


「張力が跳ね上がったあたりから……急に」


高木が補足する。


「さっき、視界が二重に見えるって……」


白石は表情を引き締めた。


「なるほど。では、少し検査します」



簡易スキャン装置が誠の頭部を読み取り、モニターに波形が映し出される。


白石はしばらく画面を見つめ、静かに息を吐いた。


「……やはり、そうか」


高木が不安げに尋ねる。


「先生……何かわかったんですか?」


白石は誠に向き直った。


「南雲さん。今回あまりにも能力を使いすぎ、限界を超えたと思われます。

 あなたの脳が処理している“深海の情報”と“地上の情報”が――干渉し始めています」


誠は眉を寄せた。


「干渉……?」


白石は画面を指した。


「あなたの能力は、深海の位置情報や圧力の変化を“線”として読み取る特殊な処理をしています。

 本来なら、地上の感覚とは完全に別系統で扱われるはずです」


波形の一部が重なり合い、乱れていた。


「ですが今、その二つが混ざり始めている。

 これは――“混線”ですね」


高木が息を呑む。


「混線……」


白石は頷いた。


「このまま作業を続ければ、脳が処理しきれず、情報が崩壊します。

 最悪の場合、能力の喪失だけでは済みません」


誠は拳を握った。


(……そんな)


「じゃあ……どうすればいいんですか?」


白石は深く息をついた。


「混線を解消するには――

 “深海で、誤差ゼロの位置で再設定を行う”必要があります」


高木が震える声で言う。


「深海……六千メートルで……?」


「はい。

 あなたの脳が読み取った深海データと、実際の深海の位置情報を完全に一致させ、脳の処理システムを一度リセットしなければなりません。

 それをしない限り、混線は進行し続けます」


誠は目を閉じた。


(……深海に行くしかないのか)


高木が小さく息を呑む。


白石は静かに言った。


「必要なのは“深海六千メートルでの再設定”。

 方法は、現場の判断に委ねます」


誠はゆっくりと頷いた。


(……行くしかない。

 どういう形であれ)



しばらく休んで医務室を出ると、三枝主任と榊原室長が待っていた。


榊原が静かに言う。


「白石先生から話は聞きました。

 深海での再設定が必要だと」


誠は頷いた。


「はい。……六千メートルで」


三枝主任が腕を組む。


深海潜水艇しおなぎを使うしかないが……

 勝手に動かせるものではない。政府の許可が必要だ」


榊原が続ける。


「潜航は国家レベルの決裁事項だ。

 官邸に状況を説明し、許可を求める」


誠は息を整えた。


「お願いします」


榊原は頷いた。


「許可が下りるまでに、こちらで準備を進めておく。

 《しおなぎ》の点検、パイロットの招集、航路の確保……

 時間はかかるが、急ぐ」


三枝主任が誠を見た。


「南雲さん。あなたは休んでください。

 潜航が決まれば、あなたの負荷は大きい」


誠は小さく頷いた。


(……準備が整えば、深海へ行く)


その決意の奥で、深海の“線”が微かに揺れていた。



お読みいただきありがとうございました。

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