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第68話 ホースを巡る攻防 ー 三機のAUV

採取は続いていた。


《DS-01》は着底位置を保ち、

ホース内部では吸引が一定のリズムで脈打っている。


張力は安定している――

少なくとも、数値の上では。


だが誠は、視線を閉じたまま、わずかに眉を寄せていた。


(……来る)


根拠のある予感ではない。

ただ、先ほどの“試し”で終わる相手ではない、という確信だけがあった。



《ノルデン》作戦室。


モニターを見つめながら、ハンス・グレーバーは判断を下した。


「確認は終わった。

日本は本格的に取る気だ」


副官が頷く。

妨害型AUVのアイコンが、複数、スタンバイ状態にある。


「放置すれば、ここは継続的に使われる。

事故で止める」


「妨害型、投入しますか?」


「あと二機出せ。三カ所からホースに負荷をかけ続けろ」


事故に見せるには、

刃も、爆発もいらない。

材料が耐えられなくなる状況を作ればいい。



深海。


一機目の妨害型AUVが、再びホースへ接近した。

だが、今度は留まらない。

別方向から、もう一機。

少し離れた位置から、さらに一機。


ホースの異なる高さ。

異なる方向。

異なるタイミング。


張力の分布が、崩れ始める。


「……来ました」


高木の声が切迫する。


「張力、複数点で変動しています。

誤差じゃない……増え方がおかしい」


誠は即座に理解した。


(……切りに来てる)


一箇所ではない。

一本の線を、全体で壊しに来ている。


「由理さん、今どこが一番きつい?」


「中腹です。

でも下も……上も、同時に来てる」


「一箇所に集中させないのが狙いだ」


誠の意識の中で、

“線”は一本ではなく、複数に分かれて感じられていた。


「クレーン班!」


三枝主任の声が飛ぶ。


「角度を三度右。

巻き出し、五センチだけ増やせ!」


「了解!」


甲板が慌ただしく動き出す。

ウインチの音、合図の声。

クレーンがわずかに姿勢を変え、

ホース全体の角度が調整される。


誠は、その変化を感じ取る。


(……少し逃げた)


だがすぐに、別の場所が張り始める。


(……次は、そこか)


最も危険な場所のAUVに意識を集中し、

鼻先に力を加えてわずかに向きをずらす。


しかし、誠は一つの点に集中できない。

見なければならない場所が、増え続けている。


「誠さん、どこを優先します?」


高木の問いに、迷いはなかった。


「今、一番“集まりかけてる”ところだ」


「了解!」


数値と感覚が、かろうじて噛み合っている。



《ノルデン》。


「……まだ切れない」


副官の報告に、ハンスは苛立ちを見せなかった。


「いい。

無理にいけば、事故に見えなくなる」


妨害型AUVは動き続ける。

押し、曲げ、ずらそうとする。

“線”を一本として扱わせない。



《あまぎ》。


誠の呼吸が、次第に浅くなる。

だが止めない。

読む。

また読む

そしてわずかに矛先をずらす。


上、下、横。

力の向きが違う。

一つを見れば、別が動く。

それでも、目を離さない。


(……間に合え)


「クレーン、さらに二度!

それ以上は――」


「了解!」


船上の判断も、ぎりぎりだ。

これ以上動かせば、別のリスクが出る。


誠は、同時に複数の“線”を保持しようとする。

逃げ場を作り、集中を避け、

全体で耐えさせる。


正しい判断。

正しい防御。


それでも――

処理する情報が、多すぎた。


一瞬、

甲板の音と、

深海の圧が、

同じ距離で重なる。


(……?)


違和感は小さい。

だが確かに、今までと違う。


誠は歯を食いしばり、読み続けた。

止めれば、切れる。


「……張力、下がっています」


高木の声に、希望が混じる。


「散りました……今の調整が効きました」


少しずつ、数値が戻る。

ホースは、耐えていた。



《ノルデン》。


ハンスは、モニターを見つめたまま言った。


「……ここまでだ」


副官が一瞬、目を見開く。


「撤きますか?」


「これ以上続ければ、不自然さが残る。

今回の目的は達成できない」


妨害型AUVに、離脱命令が送られる。



深海。

圧が、抜けた。

一つ、また一つと、

ホースを押さえていた力が消えていく。


「……いなくなった?」


高木が呟いた。


誠は返事をしようとしたが、喉が動かない。

視界が揺れ、深海の“線”が白いノイズのように散った。

息を吸おうとしたが、肺がうまく動かない。


(……限界……だな……)


「誠さん!医務室に行きましょう!」


誠は立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。


(……まずい……)


その違和感を抱えたまま、誠は高木に支えられ、医務室に向かった。


お読みいただきありがとうございました。

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