第67話 接触 ー 戦いの始まり
《DS-01》は、ゆっくりと降下を終えた。
深度表示が静かに数値を止める。
海底。
作業予定ポイントへの到達だった。
「着底、確認」
ブリッジに、短い報告が流れる。
ホースの張力は変化したが、急激ではない。
想定通りの反動だった。
高木が端末を操作しながら言う。
「姿勢、安定しています。
位置も想定範囲内です」
誠は目を閉じたまま、意識を深海へ沈めていた。
海底は暗く、何も見えない。
だが“線”は、そこにある。
(……ここだな)
大きな乱れはない。
張力も素直だ。
「では――採取準備」
三枝主任の声が、作業室に静かに響いた。
ホース内部のバルブが開く。
低く鈍い振動が、船体を通じて伝わってきた。
吸引が始まる音だ。
しばらくの間採取は順調だった。
《DS-01》は脚部ユニットを伸ばし、
姿勢を安定させると、積もった泥を吸い込んでいく。
その瞬間だった。
誠の胸の奥で、
わずかな“引っ掛かり”が生じた。
(……?)
違和感は小さい。
だが、今までにはなかった種類のものだった。
高木が眉をひそめる。
「張力、微増……
範囲内ですけど、揺れ方が少し変です」
数値上は問題ない。
警報も鳴らない。
ただ、周期が揃っていない。
誠は、深く息を吸った。
意識をさらに沈める。
線は、確かにそこにあった。
だが――海底や泥由来とは、違う。
(……横から?)
力の入り方が、不自然だ。
「由理さん」
誠は静かに言った。
「……今、外から触られた」
高木が即座に端末を見直す。
「外から?
センサーには――」
「映らないだろう」
誠は言い切った。
「でも、これは自然じゃない」
◆
少し前。
《ノルデン》作戦室。
監視データを眺めていたハンス・グレーバーが、わずかに目を細めた。
「……採取に入ったな」
副官が頷く。
「吸引開始、確認しました」
それが、判断のタイミングだった。
ハンスは短く命じる。
「妨害型を一機。
まずは、軽く触れ」
「高圧水流を使いますか?」
「使うな。
あくまで様子見だ」
日本が、このあと何をするのか。
そして――
誰が関与しているか。
それを見るための一手だった。
◆
深海。
妨害型AUVが、静かに距離を詰める。
音は、ほとんどない。
だがその存在は、確かに“重さ”を持っていた。
そして、ホースに触れた。
押す、というより――
添えるような力。
だが、その方向は明確だった。
張力が、わずかに偏る。
「……やっぱりだ」
誠の声に、確信が滲む。
「自然じゃない。
海流でも、地形でもない」
高木の声が一段緊張を帯びる。
「誠さん、どうします?」
誠は迷わなかった。
「機体を、ほんの少し前に。
ホースの角度を変えれば、力は逃げる」
「了解」
《DS-01》が、数十センチ単位で姿勢を変える。
それに合わせて、ホース全体のラインが変化した。
張力の偏りが、散る。
数値が落ち着いた。
◆
《ノルデン》。
「日本側、対処しました」
副官の声に、ハンスは頷く。
「……誘導が入っているな」
それは断定ではない。
だが、偶然とは言い難い反応だった。
ハンスは腕を組む。
「一発目としては十分だ。一旦引く」
妨害型は、その場で動きを止める。
深海に、再び静けさが戻った。
◆
《あまぎ》。
高木が息を吐く。
「戻りました……。
張力、安定しています」
誠は目を開け、天井を見上げた。
心拍は速いが、混乱はない。
身体も、まだ言うことをきく。
(……間違いない)
今のは、偶然でも錯覚でもなかった。
「由理さん」
「はい」
「次は、もっとはっきり来る」
高木は押し黙り、頷いた。
採取は続いている。
妨害は、一度だけ。
だが――
その意味は、十分すぎるほどだった。
敵は、
「見る」段階を終えた。
ここから先は、
本当に守れるかどうかの話になる。
深海で、
静かな戦いが始まっていた。
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