第66話 《DS-01》投入 ー 敵の思惑
午後。
《あまぎ》は南鳥島沖の作業海域で定点保持に入り、エンジンを最低出力に落としていた。
冬の太平洋は驚くほど穏やかで、海面は鏡のように光を返している。
深海作業としては申し分の無い条件だった。
機材デッキでは、巨大なクレーンがゆっくりと動き出す。
クレードルに固定された自走式吸引ユニット 《DS-01》が甲板の縁へと運ばれていった。
巻かれていたホースは整然と伸び、金属のわずかな軋みが、これから始まる作業の重さを告げている。
「準備完了。《DS-01》投入開始」
三枝主任の声がインカムに響く。
誠は手すりに両手を置き海面を見下ろすと、深く息を吸った。
沖縄で感じた白いノイズはもうない。
胸の奥は静かで、深海へ向かう準備は整っていた。
「行こうか」
自分に言い聞かせるように呟く。
クレーンが動き、《DS-01》が海面に触れた。
水がわずかに跳ね、ユニットはそのまま海へ吸い込まれていく。
長いホースがゆっくりと送り出される。
誠は目を閉じた。
意識が、ゆっくりと深海へ沈んでいく。
「深度三百。姿勢安定しています。
誠さん、体調どうですか」
「問題ないよ。むしろ読みやすい」
それは本音だった。
沖縄の時のような過剰な情報流入がない。
「五百通過。姿勢問題ありません」
高木由理の声は落ち着いていた。
誠は短く頷き、さらに深く集中する。
深度が増すほど、海は静かになる。
千、千五百、二千――
深海特有の遅延がわずかに増えた瞬間、誠は胸の奥に小さな違和感を覚えた。
(……返りが、少し遅い)
ほんの一瞬。
だが、誠の感覚は敏感に反応した。
由理も気づいていた。
「張力、微増……揺れ方が少し変です。でも、この深度なら誤差ですね」
誠は線を追い、すぐに判断した。
自然要因の範囲内。
海流、装備の応答遅延、深度による負荷――どれでも説明できる。
(気にするほどじゃない)
誠は意識をさらに沈めた。
深度三千を超えると、海はほとんど息をしていないように静まり返った。
「海底まで、あと半分です」
由理の声は淡々としていたが、その奥に緊張が潜んでいた。
誠は深海の線を読み続ける。
沖縄の時のような過負荷はなく、情報流入も制御されている。
(……大丈夫だ。行ける)
◆
同じ頃、南鳥島沖の外縁。《ノルデン》下層デッキ。
監視型AUV《S-01》《S-02》が海面へと降ろされ、
静かに深海へ向かっていく。
技術員が報告する。
「S-01、S-02、潜行開始。
日本側ユニットを遠距離で捕捉します」
ハンス・グレーバーはモニターを見つめたまま動かない。
「距離は保て。
日本側に“気配”を悟らせるな」
通信士が言う。
「日本側ユニット、深度三千。
こちらのAUVは距離を保ったまま追尾中です」
ハンスは短く頷いた。
「いい。今は様子見だ」
彼は日本側の深度推移を見ながら、静かに分析を続けた。
「速度は一定。
姿勢も安定している……
日本は海底まで降ろすつもりだな」
技術員が問う。
「妨害は?」
「まだだ。
日本側の“目的”を掴むまでは動かない。
技術試験で終わるかもしれない。
短時間の調査かもしれない。」
ハンスはモニターを指でなぞる。
「本格的に採取へ踏み込むなら、その時に潰す」
ハンスの声は淡々としていたが、
その目には冷たい光が宿っていた。
(日本の新型ユニット……どこまで潜る?)
◆
深海。
《DS-01》は海底へ向けて、ゆっくりと降下していた。
深度三千五百。
海底まではまだ距離がある。
由理が言う。
「誠さん、データは安定しています。
このまま予定深度まで下降します」
「……了解」
誠はさらに深海へ意識を鎮めていく。
その時だった。誠の意識が急に警戒を告げ、
誠は深海の暗闇を見つめた。
(何かが来た。
一定の距離を保って、……見ている)
“線”は揺れない。
だが、静けさの向こうに確かに“誰か”がいた。
由理が再度確認する。
「誠さん、姿勢安定。
ホース張力も問題なし」
誠は息を整えた。
来たものの正体を探るべくさらに精神を研ぎ澄ませた。
お読みいただきありがとうございました。
「続きが気になる!」「誠頑張れ!」と思ってくださった方は、ページ下部にある「ブックマーク登録」と「評価の☆☆☆☆☆」をポチッと押して応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いします。




