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第6話 隔離の決定 ー なぜか監視対象に

 医務室は、昼の喧騒が嘘のように静かだった。

外の世界と薄い壁一枚で隔てられているだけのはずなのに――

ここだけ、時間がゆっくりと淀んでいる。


黒川が去ってから数時間。

南條の胸には、言いようのない重たい気配が居座り続けていた。


(……あの男は、何を知っていた?)


白い光。

耳の奥で鳴った声。

動いたボールペン。


それらすべてを“気のせい”と処理できればどれほど楽か。

だが、身体の奥で淡く揺れるあの脈動が――

それを許さなかった。


コン、コン。

重いノック音。

黒川か、と身が強張る。


「南條、入るぞ」


聞き慣れた声に、肩の力がわずかに抜けた。


中に入ってきたのは佐伯三佐だった。

大柄な体つきに、深い疲労がにじんでいる。

だが南條を見ると、その表情にほんの一瞬だけ安堵が浮かんだ。


「……生きて帰ってきてくれたか」


その声音には、自衛官としての礼ではなく、

ひとりの“上官としての想い”があった。


南條は姿勢を正す。


「機体を……失いました。申し訳ありません」


「何を言っとる。機体よりお前だ」


佐伯は、いつになく静かに言った。


「鉄の塊はまた作れるが、命は替えが利かん」


その言葉が胸に刺さる。


だがすぐに、佐伯の顔に重い影が落ちた。


「……だがな、南條。どうにも説明がつかんことが多すぎる」


南條の呼吸が浅くなる。


「敵のミサイル直撃。高度も状況も……普通なら生存の余地はなかった」


その事実を突きつけられて、南條は視線を落とした。


(分かってる……それが一番分かってるのは俺だ)


佐伯は椅子を引き寄せ、真正面に座った。

苦渋をにじませながら言う。


「だからこそ……お前を“守らねばならん”という判断が下った」


守る。

だがその言葉が、南條には別の意味に聞こえた。


「……どういう意味ですか」


佐伯は、少しだけ視線を逸らし、深く息を吐く。


「南條。お前には、しばらく“隔離措置”が取られる」


空気が止まったように感じた。


「……隔離、ですか」


自分でも驚くほど乾いた声だった。


「誤解しないでほしい。拘束ではない。

お前の安全確保と医療的観察が目的だ」


だが、その説明が南條の不安を静めることはなかった。


(隔離……俺を? 何から? 誰から?)


佐伯の声が続く。


「お前が危険人物扱いされたわけじゃない。

むしろ逆だ。――“重要すぎる”。」


その言葉に、南條の喉が小さく鳴った。


佐伯は続ける。


「通常の撃墜では起こりえない現象が複数確認されている。

官邸筋が、早急な保護と精密検査を求めている。……内閣府も動いてる」


黒川の冷たい目が思い浮かぶ。


(やっぱり……俺の異常に気づいてる)


心臓が静かに速まった。


佐伯が低く言う。


「……移送は、今日の夕方だ」


南條の胸がじわりと冷たくなる。


「……そんなに急ぐ必要が?」


「上層部の判断だ。俺も全部は知らされていない。だが――」


佐伯はそこで言葉を区切り、真っ直ぐ南條を見る。


「お前の身を守れるのは、今は隔離しかない……そう判断された」


その言葉は命令ではなく、“苦しい選択”の告白だった。


南條は唇を噛む。


(守る……それが本当ならまだいい。

でも……監視じゃないと言えるのか?

俺の中の、この異変が知られたら……)


視線が自然と机の上へ向いた。

ボールペンが転がっている。

――動き出しそうなくらい、そこだけ空気が揺れている気がした。


佐伯が立ち上がる。


「……すまん、南條。覚悟しておいてくれ」


その声には、上官としての責務ではなく、

“ひとりの人間としての痛み”が滲んでいた。


南條は何も言えなかった。


佐伯は扉へ向かいかけて、ふと振り返る。


「南條……本当によく生きて帰った。

だが、その生存が何を意味するか……俺には分からん」


扉が静かに閉まる。

医務室の空気が、ひどく重く沈んだ。


(隔離……保護……監視……

俺は、何に巻き込まれた……?

いや――俺自身に、何が起きている?)


胸の奥に小さな熱が灯り、その中心で白い光がちらりと揺れた。

拒んでも、逃げても、

もう戻れないところまで来てしまったのかもしれない。

夕方には――隔離施設への移送だ。


それが、南條誠の人生が静かに軌道を逸れ始める瞬間だった。


お読みいただきありがとうございました。

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