第51話 世界の反応 ー 沖縄の海と食べ物の話
翌朝の光は薄く、冬の気配を引きずっていた。
南雲誠は目を開けた瞬間、
昨夜の“官邸からの呼び出し”の重さが胸の奥に残っているのを感じた。
(……海外の反応が予想以上に早い)
視界の乱れはなく、頭の重さも許容範囲。
高木に強制的に休まされたのは、正解だった。
午前の“読み取り”作業は淡々と進んだ。
A-3区画は昨日より明るく、
作業員たちの表情にも余裕が見える。
「負荷、二割弱。今日はここまでです」
「了解。
昨日の分はちゃんと寝て返したからな」
「返すとか言わないでください。
負荷は“返済”じゃありません」
高木由理はいつも通りの口調だったが、
声の奥に慎重な気配があった。
南雲のわずかな呼吸の乱れも見逃さないという姿勢だ。
休憩室へ向かうと、テレビが緊急テロップを走らせていた。
『日本の廃炉作業に異例の進展
線量低下に海外が反応
技術の詳細は非公開』
海外の専門家が半信半疑の表情で語る。
「物理的に説明がつかない。
……だが事実なら歴史的だ」
IAEA のコメントも流れた。
『IAEA は日本政府に追加情報を求めている。
線量低下のメカニズムは現時点で不明』
説明がつかないという言葉ほど、
説明をほしがる目を集めるものはない。
南雲は息を軽く吐いた。
「……説明つくんだけどな。
俺の中では」
高木は音量を少し下げた。
テレビの音量を落としたあと、
休憩室には湯気の立つ紙コップのコーヒーだけが静かに残った。
高木由理がふっと息をつき、
珍しく業務以外の話題を口にした。
「……沖縄、また行くことになりますね」
南雲はコーヒーをひと口飲み、わずかに目を細めた。
「楽しみだよ。
あそこは海の“匂い”が違う。空気が軽いんだ」
「前に言ってましたね。
ダイビングが趣味だって」
「うん。沖縄の海は、
潜ると“青の深さ”が違うんだ。
光が沈む速度がゆっくりで
……境界が柔らかい」
高木は少し笑った。
「境界の話になるんですね、結局」
「職業病だよ。
……でも、沖縄の海は本当に綺麗だ。
熱水域の近くは別だけど、
普通の海は透明度が高い。
魚も多いし、
砂の粒が細かいから光が散らない」
高木は紙コップを両手で包みながら、
少しだけ視線を落とした。
「……いいですね。
私は沖縄って、仕事でしか行ったことがなくて。
食べ物も、コンビニの沖縄そばくらいしか食べてません」
「それはもったいないな。
沖縄そばは店で食べると全然違う。
あと、ソーキそばと三枚肉そばは別物だから、
ちゃんと食べ比べるべきだ」
「誠さん、食べ物の話になると急に熱量が上がりますね」
「そりゃあ、うまいものは正義だからな」
高木は肩の力を少し抜いたように見えた。
「……深海の前倒しで、
みんな緊張してます。
でも、こういう話をしてると、少し落ち着きますね」
「俺もだよ。
沖縄の海を思い出すと、
深海のことも“やれる気がする”」
高木はコーヒーを飲み、静かにうなずいた。
「じゃあ、行きましょう。
沖縄の海の“青”を、また見られるように」
南雲は笑った。
「まずは熱水鉱床だな。
そのあとで、ダイビングの話をもっとしてやるよ」
「……楽しみにしておきます」
休憩室のテレビは
まだ海外の反応を流していたが、
二人の間には、
ほんの短い時間だけ、海風のような軽さが漂っていた。
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