表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
41/66

第41話 最初の一点 ー デブリ除去に向けて

 午後の研究区画は、午前中よりさらに静かだった。

“読取りだけ”で終える予定の初日訓練は午前で完了し、

香月の判断により一点抽出のみを午後に試すことになった。


余計な会話はなく、

空調の低い唸りと計測器のインジケータだけが、

金属と薬品の匂いに混じって漂っている。


ステンレス台の上に置かれた鉛灰色の直方体

――模擬固化構造体(Aタイプ)。


表面は乾いた鉱物の光沢を薄く帯び、

近づくと温度ではなく密度の気配が皮膚に触れる。


高木が端末を抱え、短く告げる。


「外装損傷はゼロが条件。

負荷は私が監視します。

上限の手前で止めます」


その声は抑えられているが、語尾に薄い緊張が乗る。


(大丈夫。止めるところまで含めて訓練だ)

と、南雲は心の中で答えた。


傍らで香月がログ画面を整え、端的に付け加える。


「Aタイプは“流動痕が強い個体”です。

見えやすい金属成分が薄く走っています。

ただし、周囲のセラミックと酸化物の性質が近く、

境界がにじむと思われます。そこだけ注意を」


南雲は手袋をはめ、

直方体の上に指を一センチだけ浮かせた。


深く息を吸う。

視界の縁が静かにぼやけ、

内部の“温度”“重さ”“硬さ”が滲むように前に出てくる。


(線じゃない。濃い霧の粒……そこからひと粒を選ぶ)


押さない。引かない。ほどく。

大型水槽の底で、

比重の違う砂粒を、爪先の縁でそっと分ける要領で――


“コトリ”。


米粒より小さな銀色の粒が、表面のスリットの横に転がった。


高木が即座にライトで外装を走査し、計器をのぞく。


「外装損傷、ゼロ。負荷、想定しきい値の六割。

反応遅延なし――良好です」


香月が波形をスクロールして、淡々と判定する。


「Aタイプ、一点抽出成功。同条件で再現を」


二度目。


先ほどより霧の濃淡の差が薄い。

指先の“縁”が空気に溶け、つかむ前にほどけてしまう。


(焦るな。縁を細く、境界をつくらずに間を待つ)


“チリ”。


銀色の粒が、さきほどより一拍遅れて現れた。

同時に、計測器の波形がわずかに跳ねる。


「誘導の兆候、微小。――止めましょう」


香月の低い声と同時に、南雲は意識を切った。


高木がもう一度外装を走査し、短く息を吐く。


「損傷なし。負荷、復帰。止め方、適切」


南雲は肩の力を抜いた。


(“点”は立つ。でも脆い。

押せば網ごと崩れる距離だ)


香月がケースを差し替える。

見た目は同じ鉛灰色だが、空気がわずかに違う。

乾いた紙を重ねたときの、密度の靄のような感触。


「次はBタイプ。

微小空隙が多く、流れの痕は弱い。

見えにくいはずです。

鍵は“時間的なゆらぎ”。

粒が粒として立つ一瞬を拾ってください」


三度目の集中。

重さのムラが滑らかすぎて、

粒として認識しようとした瞬間、

境界が水に溶ける。


(今までの“来い”は通じない。手前で待つ。

音楽の間合いを計るみたいに)


呼吸を半拍だけ広げ、指先だけを細く保つ。


(――いま)


“チリ”。


銀色の粒が遅れて現れ、

波形が小さく震え、すぐに落ち着く。


高木が画面を確認して、ほっと息を洩らした。


「外装、異常なし。負荷、安定」


香月は記録に印をつけ、短く結ぶ。


「Bタイプ、一点抽出再現。

初回としては十分です。本日はここまで」


片づけが始まる。

ケースの蓋が閉まり、封印シールが“カチリ”と鳴る。

その小さな音が、やけに遠くまで届いた気がした。


高木が歩調を合わせ、声を落とす。


「感覚、どうでした?」


「“点”は見える。“間”はまだ一瞬だけ。

間違える距離も分かった。

だから止められる」


「それが一番の収穫です。

止める技術は、進む技術の一部ですから」


香月が背後から短く付け足す。


「“拾える”なら、いずれ“拾いすぎる瞬間”が来る。

それを越えないことが、技術のコアです。

――今日は、とても良かった」


頷くだけで答える。

褒め言葉は、重くなる前に胸の奥へ沈める。


(点は立つ。間は一瞬。

それを明日、もう少し長くする)


研究区画の扉が閉まる。

静けさは元に戻ったが、同じではない。

仕事の輪郭が、昨日よりわずかにくっきりしている。

触れてよい場所と、触れてはいけない場所の境界が、少しだけ明るい。


明日も、同じ台の前に立つ。

そして、ひとつだけ選ぶ。

それで十分だ。


お読みいただきありがとうございました。

「続きが気になる!」「誠頑張れ!」と思ってくださった方は、ページ下部にある「ブックマーク登録」と「評価の☆☆☆☆☆」をポチッと押して応援していただけると執筆の励みになります。

よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ