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第40話 長期封じ込め状態の固形物質 ー その言葉の意味は

 会議室は、研究区画よりもさらに静かだった。


壁には余計な装飾がなく、

長机の上には必要最小限の資料だけが整然と並んでいる。

空調の淡い風音すら、どこか遠い。


南雲と高木が着席すると、

扉が静かに開き、田坂が入室した。


田坂は先の内閣改造で、

内閣官房長官に就任していた。

一歩ごとの靴音が、

以前にも増して会議室の空気を引き締める。


「よく来てくれた」


田坂は短く挨拶し、すぐに本題へ入った。

余韻を残さない話し方だ。


「まず、廃鉱山での回収作業。

小規模とはいえ、

君の能力が実際の資源抽出に応用できると証明された。

……本当にありがとう。

関係部署は大きな衝撃を受けたよ」


大げさではなく、淡々とした“事実”としての褒め言葉。

それがかえって重かった。


南雲は気後れしながらも、軽く会釈した。


(こんな大人物に礼を言われるようなこと、

俺はしたのか……?)


だが田坂は、その戸惑いを見越したように語り続けた。


「次に、能力の“伸び”だ。

高木君の記録を見る限り、

再現性が高く、精度も安定している。

これは技術としての信頼性が芽生えつつあるということだ」


横に座る高木が、かすかに姿勢を正した。


「ありがとうございます。

ただ、まだ条件は限定的で――」


言いかけたところで、田坂は手のひらを軽く上げて制した。


「理解している。それを踏まえて“次の話”をする」


空気が変わる。

背筋をまっすぐに伸ばすような種類の変化。


「南雲君。

次に検討したい任務は――

東雲第一エネルギーセンターにある、

“長期封じ込め状態の固形物質”だ。」


一瞬、体温が下がる感覚がした。


固形物質。

その言葉の意味を、この国で理解していない大人はいない。


南雲は思わず呼吸を整えた。


(そこに手を伸ばす話なのか……もう?)


「もちろん、すぐに現地に入れとは言わない」


田坂は慎重な口調で続けた。


「国家として極めて重要な課題だ。

軽々しく扱うことはできない。

だから、段階を踏む。

……今日はその“最初の段階”を伝えるための場だ」


田坂が視線を横へ送った。

そこには、無言で席に着いていた男がいた。


「技術的説明は、香月審議官から」


香月は淡々と端末を操作し、

モニターに立体構造図を映した。


音もなく分解図が展開され、

複数の素材が層を成す複雑な内部が現れる。


「内閣官房 技術審議官の香月です」


彼の声には温度がなかった。

ただ情報が流れるために存在するような音。


「南雲さんに最初に扱っていただくのは、

模擬固化構造体。

実物の統計を元に、

構造パターン・異種物質の比率

・内部の乱れ方を再現したもの。

もちろん、放射性はありません」


南雲はモニターに身を乗り出した。


「……境界が、全部ぼやけてる」


「その通りです」


香月は即答した。


「ここにある物質の一部は、

“性質が周囲に溶け込む”挙動をします。

位置は読めても、線が曖昧です。

“押せば崩れ、引けば絡む”

――おそらくそう感じられる特性です」


南雲は思い出す。

鉱脈の深部で感じた締め付けの抵抗。

複合材で掴んだ“点”としての性質。

そして最近、ようやく掴みかけている“間”の感覚。


高木が説明を継ぐ。


「鉱脈の“線の締まり”とは違います。

これは“輪郭そのものが失われる”タイプの難しさです。

成分を時間的な揺らぎで識別すると言いますか…」


「時間……の揺らぎ?」


「粒が粒として“立つ一瞬”がおそらくあります。

その間を拾うんです。

南雲さんが浅層帯でやった“あの瞬間”の精度を、

もっと高める必要がある」


南雲は静かにうなずいた。


(あの“点が浮く刹那”……あれを確実に、何度も、か)


香月が淡々と説明を締める。


「訓練の工程は三日。

初日は読取りだけ。

二日目は単成分の抽出。

三日目に複成分の分離テスト。

外装損傷ゼロで三回成功すれば、合格扱いです」


田坂は少しだけ柔らかい声で言った。


「期待をかけたいところだが……過度に背負う必要はない。

できる範囲で、できるだけ安全に。

――それだけで十分だ」


その言葉の重さを、南雲は指先で受け止めるように感じた。


「分かりました。

まずは訓練、やってみます」


会議が終わり、田坂が退室する。


香月と職員たちが、

緊張を残したまま資料を片づけて退出していく。

残されたのは南雲と高木だけ。


扉が完全に閉まった瞬間、高木は深く息を吐いた。


「……大きな節目ですね、南雲さん」


その声には、研究者としての冷静さと、

“人としての心配”がかすかに混じっていた。


「でも、今すぐ背負う必要はありません。

訓練素材は午後に届きますから

……まずは“読めるかどうか”の確認だけにしましょう」


「分かった。ひとつずつ、だな」


高木は静かに微笑む。

その微笑みは短かったが、昨日よりずっと温かかった。


廊下へ出ると、研究区画の空気はきりりと冷たい。

同じ場所を歩いているはずなのに、今日は景色がわずかに違って見えた。


胸の奥に、重さと覚悟が同時に芽生えつつあった。


南雲は、模擬固化構造体との

“初対面”

に向けて歩き出した。


お読みいただきありがとうございました。

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