第39話 小さな数字の揺らぎ ー 海外の分析
廃鉱山での“浅層の一点抽出”から一週間。
研究室はいつもと変わらぬ静けさに包まれていたが、
機材の動作音がどこか――張りつめて聞こえた。
南雲は複合材サンプルを手に取り、
金属粒をひとつだけ抽出して机に並べる。
小さな粒は光を弱く反射し、
まるでそこだけ時間が凝縮したような存在感を放っていた。
「……まあ、安定してはきたな」
「はい。昨日より揺れが少ないです」
高木は記録を取りながら答えた。
口調は平静だが、
指の動きがほんの一瞬だけ迷ったのを南雲は見逃さなかった。
(何か考え事……?)
気になって訊ねる。
「なあ由理さん、何かあった?
ちょっと顔がいつもと違うぞ」
高木は一瞬だけ眉を寄せ、それから淡々と返した。
「いえ……大したことではありません。
ただ、経産省から数字が来て……」
「数字?」
「レアメタルの輸入量が、先月から“わずかに”減っています。
理由は不明ですが、
分析担当者の間で“珍しい動き”だと話題になっているそうです。
本当にそれだけです。ひとまずは」
言いながらも、端末を持つ手が少し強張っている。
「……俺のせいじゃないよな?」
「もちろん違います。
昨日までの抽出量なんて、地図にも乗らない程度です。
数字が動くほどの影響は出ません」
抑揚はないが、その声は優しい。
“必要以上に気に病むな”と伝える調子だった。
南雲が胸を撫で下ろした、そのとき――
研究室のドアがノックされる。
安藤が姿を見せ、静かに入室した。
珍しくスーツの肩にわずかな湿気をまとっている。
外は雪が舞い始めたらしい。
「お疲れさまです。少し情報が入りまして」
「また数字か?」
南雲が苦笑して問うと、安藤は真顔で頷いた。
「海外の通商データ分析機関が、
日本の金属輸入の“微減”に気づいたようです。
まだ“疑問視しているだけ”で、
理由に関する仮説は出ていませんが……」
「海外……?」
南雲の胸に、冷たいものがひとすじ落ちていく。
高木が補足した。
「世界的に需要が落ちている金属もありますし、
気づかれても不思議ではありません。
本当に“数字の端”がゆれた程度です。
ほとんどの国は気にしません」
「……なら、まだ俺は安心してていいのか」
「はい。南雲さんが気に病む必要はありません」
そう言う高木の声に、ほんのわずか安堵が混じった。
(ああ……心配してくれてたんだな)
南雲は気づいたが、言葉にはしなかった。
安藤は端末を閉じながら続ける。
「ただし――日本政府としては、
今後しばらく“成果を隠す方針”を維持します。
外部に発表する必要もありませんし、
余計な詮索を呼ぶべきではありません」
南雲はうつむく。
(俺がもし、もっと深い層まで拾えるようになったら……
数字はもっと動く。
世界は、気づく。
そのとき何が起きる?)
その想像が一瞬背筋を冷たくしたが、意識的に振り払った。
(考えるな……まだ早い)
高木が机の上のサンプルを整えながら言った。
「ですから南雲さんは、今まで通り訓練を続けてください。
“できる範囲を確実に”が最優先です」
「……ああ。分かったよ」
再び複合材を手に取り、内部の粒を感じ取る。
金属だけが“点”として濃く浮き上がる。
その感覚は日に日に精密になりつつある。
それが、逆に怖かった。
(俺の力が、世界を静かに揺らし始めてる……?)
そんな考えを抱いた自分に、南雲は内心で苦笑する。
「安藤さん。今はまだ静かですよね?」
「ええ。しばらくは静かでしょう。
ただ、“次の大きな課題”がいずれ来ます。
それは避けられない」
「……その時までに、準備しておくよ」
安藤は一礼し、研究室を後にした。
残された静寂は、
どこか前より“密度”を増しているように感じられた。
南雲は小さく息を吐き、金属粒を机に置く。
(数字の揺らぎは小さい。
それでも、何かが始まりつつある)
自分の指先で生まれた“点”が、
世界のどこかで、
知らぬうちに波紋を広げているような気がした。
まだ誰も気づかない、小さな、小さな揺らぎ。
でも——それは確かに、始まっていた。
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