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第32話 本番への承認 ー 由理の理由

 午後。


試験場から地上へ出た瞬間、

南雲と高木は同時に深く息を吸い込んだ。

蛍光灯の唸りとコンクリートの湿った匂いが、

背中のほうへ遠ざかっていく。

風は冷たく、肺の奥まで刺すように澄んでいた。


「……だいぶ削られましたね」


高木が、ほんの少しだけ口角を上げる。


「うん。頭の奥が、熱い」


南雲は額を押さえた。

痛みというより、脳の表面に細かい砂を撒かれたみたいな“ざらつき”。


(これが――負荷、か)


足音が近づく。安藤が二人の横に並んだ。


「お疲れさまでした。結果はこのあと直ちに大臣へ送ります」


高木が振り向く。


「安藤さん、今日の評価は?」


「想定以上です」


安藤の声は淡々としていたが、目の奥に微かな光が宿る。


「部品単位の分離は計画通り。

しかし、複数同時の操作と金属の選択抽出まで可能だと分かったのは大きい。

技術的にも、政策的にも」


南雲は肩をすくめる。


「俺は……ただ“できるか”を確かめただけで」


「それが答えを出しました」


安藤は短く言い切る。


「あなたの能力は、まだ誰も全容を知らない。

だから、段階を踏みましょう」


高木が頷いた。


「“可能性”の確認は終わり。――本番は、これからです」


その言葉が胸の底に重く沈む。


(本番……)


車に乗り込むやいなや、安藤のスマホが震えた。


「……大臣です」


短い通話。

切れた合図と同時に、車内の空気がわずかに張りつめる。


「正式通達。“都市鉱山回収任務”を承認。

異例のスピードです」


高木が息を呑む。


「こんな早く……?」


「今日のログが決め手になったようです」


安藤は即答し、次へ進める。


「ただし、初手は“小規模実働”。

札幌市内のリサイクルセンターで、一般職員は点検名目で立入制限。

――明後日が候補です」


「妥当だと思います」


高木はタブレットを捲り、南雲の横顔を見た。


「明日は完全休養にしましょう。

今日の負荷がどう抜けるか、私が見る」


「そんなに消耗して見える?」


南雲は苦笑する。


「見えます」


いつもと変わらぬ穏やかな声

――けれど、その奥の緊張は隠し切れていない。


(自覚が薄いときほど危ない――)


高木は心の中で言葉を噛みしめる。

私が止める。

必要なら、必ず。


安藤がハンドルを切った。夕陽が車体を斜めに照らす。


「南雲さん。あなたの能力は希望です。

同時に――あなたの身体そのものが資源でもある。

雑には扱えません」


窓の向こう、街の影が長く伸びていく。


(俺は、どこまで行ける? どこかで壊れるのか?)


胸の奥で、不安と期待がたがいに押し合った。



大学の研究室は、いつもの静けさに戻っていた。

機器のランプが点滅し、空調の音だけが薄く響く。


「今日は本当にお疲れさまでした」


高木が荷物を置き、振り返る。


「記録、助かったよ。俺は目の前のことで精一杯だった」


南雲は椅子に腰を下ろし、首を回す。

視界の端が一瞬だけ揺れる。細いノイズが脳を掠めていく。


(……今のは何だ)


「――明後日の任務ですが」


高木は間を置いて続けた。


「“できること”を増やすより、

“できないこと”を確認する意識で臨みたいですね。

限界線が引けないまま進むのが一番危険です」


「できないこと、か」


「ええ。今日は成功が続きました。

でも、“成功の景色”ばかり見ていると、

次に足を滑らせる」


彼女は淡々としているが、瞳は真剣だった。


「だからこそ、私がそばにいて、止めます。

数値でも、感覚でも、危険域が見えたら」


南雲は目を上げ、小さく笑う。


「頼りにしてる」


高木はわずかに視線を逸らし、タブレットを閉じた。


「明日は完全休養。睡眠、食事、散歩程度。

――それと、水を多めにとってください」


「分かった。従うよ」


「なあ、由理さん。君はどうして今の仕事を?」


由理は一瞬の戸惑いのあと、静かに話し出した。


「何かを守る仕事をしたいと思いました。

そして、……どうせ守るなら国を……と」


「そうか、話してくれてありがとう。

俺も国のために頑張るか」


夕陽が窓から差し込み、机の上に硬い影を落とす。

二人の影は、部屋の奥でひとつに重なりかけて、また離れた。


(明後日――“本番”が始まる)


南雲は立ち上がり、給湯器の紙コップに水を満たす。

冷たさが喉を落ちていき、

胸のざらつきがわずかに和らいだ気がした。

同時に、心臓の鼓動が三拍だけ速くなる。


(怖い、のかもしれない。――けど、やる)


静かな決意が、体の中心に灯る。

その光は小さいが、消えなかった。


お読みいただきありがとうございました。

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