第31話 試験場の静寂 ー 金属だけ
都内にある廃棄物処理センター――
その地下区画は、まるで別世界だった。
薄暗い蛍光灯の光だけが冷たいコンクリートの壁に反射し、
金属と油の匂いがわずかに空気にまとわりつく。
上階の騒がしさや重機の音は一切届かない。
まるで地下全体が、ひとつの巨大な“静寂の箱”になっていた。
南雲は高木と肩を並べ、試験用の作業台を見つめた。
「……ここが、試験場なんですね」
「はい。一般職員はすでに退避しています。
監視カメラもすべてオフライン。記録は私の端末のみに限定しました」
安藤が淡々と説明する。
その声は低く、地下の空間に控えめに響いた。
高木は周囲を慎重に見渡し、南雲に小さく問いかける。
「南雲さん……緊張、していますか?」
「……まあ。少しだけ」
自分でも驚くほど、胸の奥がざわついていた。
先日の“同伴移動”の成功は大きな一歩だったが――
今日の試験は、それとは別ベクトルの「未知」だ。
(俺は……本当に、どこまでできるんだろう)
その思いが、不安なのか期待なのか分からないまま胸に沈んでいく。
安藤が作業台に置かれたケースを開けた。
中には数枚の電子基板。
緑色の板には大小さまざまな部品が密集し、ハンダで固定されている。
「では……第一段階からいきましょう」
安藤は基板を一枚取り出し、作業台に置いた。
「“部品単位”で取り外せるかどうか。
ハンダがついたまま、抵抗器をひとつだけ移動させてください」
高木がタブレットを構え、南雲の横へそっと立つ。
「南雲さん。負荷が大きければすぐ声をかけてください」
南雲は息を整え、基板をじっと見つめた。
(部品を……ひとつだけ)
目を閉じると、基板上の部品たちが“点”の集合として浮かび上がる。
その中のひとつ――抵抗器が、わずかに“手触り”のような存在感を持った。
(……これだ)
(来い)
わずかに空気が揺れた。
次の瞬間――
抵抗器は基板から消え、作業台の上に“コトリ”と現れた。
「……!」
高木の息が止まる。
安藤は小さく頷き、淡々と記録する。
「破損なし。ハンダの形状も維持……成功です」
胸の奥で、緊張が少しほぐれた。
(……よかった)
だが、すぐに次が来る。
安藤が新しい基板を置いた。
「第二段階。“複数の部品”の一括取り外しです」
高木が横目で南雲をみる。
「無理はしないでくださいね」
南雲は深く息を吐いた。
(複数……)
意識を広げると、基板の左半分の部品が“ひとまとまり”として感じられる。
(まとめて……来い)
空気が再び震えた。
次の瞬間――
抵抗器、コンデンサ、ICチップ……
左半分の部品がすべて、作業台に“ふっ”と姿を現した。
「……きれいに外れてる……!」
高木が思わず声を漏らす。
安藤すら、目を細めて驚きを隠せなかった。
「部品の位置も乱れていない。非常に安定しています」
南雲はこっそり息を吐いた。
(問題は……ここからだ)
安藤が三枚目の基板を置く。
「第三段階。“金属部品だけ”を取り出せるかどうか」
高木が険しい表情で南雲を見つめた。
「これは……正直、かなり難しいです。
電子基板は金属と非金属が混在しています。
材質の違いが“意識で分かる”とは限りません」
南雲は基板をじっと見つめる。
(……金属だけ)
ごま塩のときのように簡単ではない。
内部構造まで見えるわけじゃない。
だが――
ふと、何かが引っかかった。
(……重い?)
部品のいくつかが、他より“密度が高い”ように感じられる。
微弱なズレのような、重心のような……
(これ……金属か?)
(……試すしかない)
(来い――)
視界が一瞬揺れた。
次の瞬間、基板から
金属のピン、端子、シールド部品だけが
作業台の上に現れた。
「……金属だけ……!」
高木が息を呑む。
安藤は即座に確認し、目を見開いた。
「非金属部品は基板に残存。
金属部品のみ抽出――成功です」
その瞬間、南雲の膝がわずかに震えた。
意識の奥がじんじんと熱を持ったように疲労している。
「南雲さん!」
高木が駆け寄り、肩を支える。
「大丈夫……?」
南雲は苦笑いを浮かべた。
「……ちょっと疲れただけ」
安藤は資料を閉じ、静かに言った。
「本日の試験はここまでです。
十分すぎる成果です。むしろ“想定以上”です」
高木は南雲の肩を支えながら、強い眼差しで言った。
「今日はもう休みましょう。
これ以上は危険です」
南雲はゆっくりと頷いた。
(……俺は……どこまで行けるんだろう)
試験場の静寂は、成果の喜びよりも
圧倒的な“未知の広さ”を南雲に感じさせた。
高木の声が、ふわりとその空虚を埋めてくれる。
「南雲さん……
今日は、本当に……よく頑張りました」
その声は、どこか温かかった。
南雲は小さく微笑み返し、
次の段階へ心を整えながら、静かに目を閉じた。
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