第30話 未知の領域へ ー 都市鉱山
翌朝の防衛省は、外の喧騒とはまるで別世界のように静まっていた。
会議室の重厚な扉が閉じられると、外界の音は完全に遮断され、
そこに広がる空気は、まるで“これから国家の運命が語られる場”そのものだった。
南雲と高木は、テーブル越しの田坂大臣と向かい合っていた。
田坂は資料を閉じ、南雲を真っ直ぐに見た。
「南雲君。君の能力に関する報告はすべて読ませてもらった」
南雲の喉がわずかに鳴った。
猫、自分、そして由理との同伴移動――その全てが、“常識の外”に踏み出した証だ。
田坂は続けた。
「今の段階でも、すでに凡人の理解を超えている。
だが――君の能力は、どうやら“質的な変化”の途中にあるようだ」
由理が控えめに頷き、説明を補足する。
「はい。対象を“選ぶ”精度が劇的に向上しています。
ごま塩から“ごまだけ”を抽出するレベルではありません。
対象の状態、材質、密度……そうした複合的な情報まで処理しています」
田坂は短く唸った。
「そこでだ」
資料の束を指先で軽く叩く。
その音がやけに大きく響いた。
「政府としては、君の能力が“実用段階”にあるかどうかを確認したい。
危険な実験ではない。安全に配慮した環境を整える」
南雲は小さく息を呑んだ。
(……また新しい段階の検証が来る)
田坂は一枚の資料を取り出し、二人に差し出す。
「対象は――“都市鉱山”だ」
高木が小さく目を見開いた。
「都市鉱山……」
「そうだ。廃棄された電子機器に含まれる貴金属の回収だ。
従来の技術では分離が難しく、莫大なコストがかかる。
だが、君の“選ぶ力”とは相性がいいはずだ」
南雲は思わず高木を見る。
高木は静かに言った。
「南雲さん。これはあくまで“可能性”です。
できるかどうかは、まだ誰にも分からない」
田坂は頷く。
「だからこそ、まずは試験だ。本番の回収作業ではない。
完全に秘匿された環境で、段階的に能力を確認する」
そのとき、会議室の扉がノックされ、一人のスーツ姿の男が入ってきた。
「失礼します。
内閣官房・特務室の安藤です」
田坂が紹介する。
「彼が今回の任務の実務担当だ。現場の調整、安全管理、すべて任せてある」
安藤は無駄のない動きで一礼し、淡々と話し始めた。
「南雲さん、高木さん、よろしくお願いします。
試験環境はすでに準備済みです。
都内の廃棄物処理センターの地下区画を専用に確保しました」
高木が眉を寄せた。
「……完全な秘匿環境ですね」
「はい。一般職員はすでに退避させ、監視カメラも一時停止。
外部への情報は完全に遮断します。
南雲さんの存在自体が国家機密ですので」
安藤は資料を広げる。
「試験は三段階です。
第一段階:電子基板から“部品単位”で選択的に取り外せるか。
第二段階:複数の部品を“まとめて”取り外せるか。
第三段階:金属部品だけを“選択して”抽出できるか。」
南雲は基板の図を見つめる。
(……第三段階は正直、分からない。
ごま塩と違って、電子基板は複雑すぎる)
高木が南雲の不安を読み取ったように小声で言う。
「南雲さん。やってみて無理ならすぐ止めましょう。
これは“挑戦”であって、義務ではありません」
南雲は短く頷いた。
「うん。でも……できる限りやってみる」
安藤は淡々と言う。
「試験は明日の午前です。
移動は高木さんの判断で。南雲さんの体調が最優先です」
田坂は席を立ち、南雲の肩にゆっくりと手を置いた。
「南雲君。これは“本番”ではない。
だが、君の能力の方向性を決める重要な一歩だ」
南雲はまっすぐ田坂の目を見た。
「……覚悟はできています」
高木も立ち上がり、南雲の横に並ぶ。
「私がそばにいます。
限界を超えそうになったら、必ず止めます」
田坂は二人を見て、わずかに口元を緩めた。
「頼もしいバディだ。
では、明日の試験を頼む」
会議室を出ると、廊下の空気がひんやりとしていた。
南雲の胸の奥では、次の段階への緊張と期待が複雑に渦巻いていた。
高木は歩きながら言った。
「……本当にやるんですね」
南雲は静かに微笑んだ。
「うん。怖いけど……逃げる気はないよ」
高木は立ち止まり、南雲を真っ直ぐに見つめた。
「南雲さん。
あなたは“できるからやる”んじゃない。
“やると決めたからできる”人なんです」
その言葉は、胸の奥の不安をそっと溶かすように染み込んだ。
南雲は息を吸い、小さく笑った。
「……ありがとう。由理さんがいてくれてよかった」
高木はわずかに照れたように目をそらし、歩き出した。
「明日は慎重にいきましょう。絶対に」
南雲はその背中を追いながら、胸の中に静かな熱が宿るのを感じた。
(――都市鉱山の試験。
ここから、俺の“次の段階”が始まる)
そして二人は、静かに防衛省を後にした。
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