第29話 防衛省への移動 ー 大臣との再会
朝の広場には、まだ冷たい空気が残っていた。
大学の裏手――いつもの検証場所。
だが今日は、いつも以上に静かだった。
まるで、これから起こることを森が息を潜めて見守っているようだった。
南雲と高木は向かい合って立ち、互いにゆっくりと深呼吸をした。
その時、高木のスマホが震えた。
画面を見て、小さく息を呑む。
「……来ました。防衛省から“着地点データ”です」
「着地点……?」
高木はスマホを南雲に見せた。
画面には、防衛省敷地内の詳細な3Dモデルが映されていた。
「敷地の俯瞰写真、地形データ、巡回ルート……
そして“ここなら安全に出現できる”座標を指定してくれています」
表示されたのは――
防衛省の中庭の片隅。
植え込みの裏にある、わずか数メートル四方の狭いスペース。
「監視カメラの死角です。
人の動線からも完全に外れています」
南雲は思わず息を呑んだ。
(……政府が、ここまで準備している)
高木はさらにタブレットを操作し、空間密度の分析データを重ねて見せた。
「空間密度は“軽い”。障害物もありません。
南雲さん……この場所なら安全に出現できます」
南雲はゆっくりと頷いた。
「……行きましょう」
高木はその手を握り、目を閉じた。
(東京……防衛省……指定座標)
意識が静かに延びていく。
空間が薄く広がり、“軽さ”が指先に触れるように伝わる。
(ここだ……安全だ)
南雲は息を整え、ひとつだけ言葉を思い浮かべた。
(――行く)
視界が瞬間、揺れた。
次の瞬間――
空気の温度が変わった。
肌を撫でる風の匂いも、まったく違う。
南雲は目を開けた。
そこは、防衛省の中庭の隅だった。
植え込みの影。誰もいない、指定された座標そのもの。
由理は南雲の手を離さず、静かに息を吐いた。
「……成功です。
脈拍も呼吸も安定……負荷がほとんどありません」
「負荷が……?」
「長距離移動は本来、もっと消耗すると思われますが、
でも南雲さん……あなたは“距離”をほとんど感じていない」
南雲は息を呑んだ。
(距離が……負荷にならない?
じゃあ俺は……どこまで行けるんだ)
その時だった。
中庭の奥から、ゆっくりと歩いてくる人物がいた。
「よく来てくれた」
防衛大臣――田坂叡一。
南雲と由理は姿勢を正した。
「大臣、お呼びに応じました」
田坂大臣は南雲の肩に手を置き、静かに言った。
「南雲君。
君がここまで能力を制御できるようになったこと……誇りに思う」
その声には、政治家としての硬さと、ひとりの大人としての温かさが同居していた。
南雲は深く頭を下げた。
「……俺の力を、日本のためにどう使うべきなのか。
教えてください」
田坂は頷き、二人を会議室へと案内した。
◆
会議室の中は、外の静けさとは対照的に張りつめた空気で満ちていた。
田坂は資料を開き、ゆっくりと語り始めた。
「君を撃墜したパイロットだが……
死亡が確認された」
南雲は拳を握りしめた。
「……そう、ですか」
「公式には“個人の暴走”と発表されている。
だが……その裏には別の影がある」
田坂は資料の一枚を指先で滑らせた。
「“オブシディア”。
君はこの名前を聞いたことがあるか?」
南雲は首を振る。
「いいえ」
高木も緊張した面持ちで耳を傾けている。
「国家でも企業でもない。
だが国家以上の資金と影響力を持ち、世界の資源と情報を裏で操る……
超国家的共同体だ」
南雲の背筋に冷たいものが走った。
「……俺を撃墜したのは、その組織の意図だと?」
「断定はできない。
だが、少なくとも今の君の存在は、間違いなく脅威だ」
田坂の声には、隠しようのない重さがあった。
由理は南雲の横で、小さく拳を握った。
「南雲さん……」
南雲は深く息を吐き、田坂を見つめた。
「俺は……どうすればいいんですか」
田坂は静かに答えた。
「まずは、“日本のために力を使う覚悟”を固めてほしい」
南雲は頷いた。
(元々死んでいたはずの命だ。
この力を、正しく使う)
田坂はふと、窓の外へ視線を向けながらつぶやいた。
「……近いうちに、私の立場も変わるだろう。
君の任務は、防衛省だけでは扱いきれなくなる」
南雲は息を飲んだ。
(……ここからが本当の始まりなんだ)
会議室の静けさは、嵐の前の静寂のようだった。
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